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第8話

凪が、振り返る。 気付けば辺りは、真っ白な空間に変わっていた。 例えるなら、夜明けに白んだ空のような……あの明るい感じ。 空も地面も何もない。 凪と僕の二人だけが、クラゲのように漂っている。 だけど不思議と怖くない。 この状況に、多少の戸惑いと不安はあるけれど。 「ここが、異世界への出入り口だ」 「……」 「ありがとう、理央」 目を細め、白い歯を見せる。 瞳が潤んで光り、少し儚げな印象を残す。 「最期に、会えて良かった。 理央が生きてる世界に来られて、良かった──」 凪の後方から眩い光が射し、いつかの教室で見た時のように、凪の輪郭を消してしまう。 「………やだ」 「理央」 「帰ったら、いやだ……!」 叫んで手を伸ばす僕の頬に、凪の手がスッと寄せられる。 優しく触れる、指先。 その感触は、殆ど感じられない──だけど温もりだけは、まだちゃんと伝わってくる。 「そんな寂しい顔をしないで。 僕のいない、元の世界に戻れば……理央は僕の事を忘れる。必然的に、記憶の中から僕だけが消える。 世界は、上手くできてるんだよ。 ……だからこの悲しみも、今だけ。きっと、すぐに消える」 温もりが………消える。 凪の身体が光に溶け込んで、見えなくなっていく……… 「大丈夫。この世界に住む僕は、君を助けるから」 「……やだ」 「僕とデートしてくれて、ありがとう」 「………」 「凄く、楽しかったよ」 「……嫌だ……」 「ごめんね、理央。……もう、本当に帰らなくちゃ」 やだ…… 行かないで。 後から後から、悲しみと凪への思いが胸奥から込み上げ、──涙となって溢れ落ちる。 凪が…… 凪がいてくれたから…… 僕に寄り添って、支えてくれたから…… 傍で、優しく微笑んでくれたから…… 灰色がかった景色に、色が付いた。 嫌な学校にも、毎日行けた。 放課後の公園で、また凪に逢えるのを楽しみに、明日を迎えられた。 なのに全然、僕は凪に返せてない。 まだ……何も…… 何一つ。 「……凪……!」 呼びかけると、眩い光の中で凪が笑った気がした。 だけどもう、凪からの返事はない。 「僕は……忘れない。絶対、忘れないから……!」 涙が、溢れて止まらない。 こんなの……嫌だ。 好きなのに。 ……凪を、好きなのに……!

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