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第7話 爪
朝ごはんを食べながらそわそわする。まさか旭くんがうちに来てくれるなんて思わなかったからだ。
昨日の夜に片付けもしたから大丈夫だろう。
飲み物やお菓子は待ち合わせの駅前のコンビニで買えばいい。
朝ごはんのシリアルを用意していると父親も起きてきた。
「おはよう。なんだ土曜なのに早いな」
「おはよ。まあね。あ、朝メシ食う?」
「食べるー」
起きてきた父親の分もシリアルを準備する。
シリアルは楽でいい。器に入れて牛乳をかけるだけですぐに朝ごはんができる。
「ひかる、昨日珍しく片付けてたな」
「珍しくは余計だろ」
ムッとしながらテーブルにシリアルの入った器を置く。
「彼女でも来るのか?」
彼女……いや、彼氏か。
「別にそんなんじゃねえし……後輩が、来るんだよ」
「後輩?」
「ん、最近仲良くしてて。その、そろそろテストあるし、勉強とか」
「へぇ~」
それだけ言うと父親はかき込むようにシリアルを食べ、洗面所へ向かった。
待ち合わせまでまだ時間があるので、俺はのんびりとシリアルを食べる。俺はしっかり牛乳でふやかして食べるのが好きだ。
電動シェーバーでヒゲを剃る音が聞こえる。
「じゃあいってきます。母さんもまだ帰ってこないだろうし、今日は俺も帰り遅いから、あれなら友達と夕飯食べたらいいよ。父さんは何か弁当でも買うから」
そう言って樋口一葉の印刷された紙が一枚手渡された。
「え、いいの?」
「おお、昨日ちょっとコレしたから」
そう言って手を空で鷲掴むと左右にひねるジェスチャーをした。どうやら昨日パチンコで勝ったらしい。大盤振る舞いだ。
「マジ? やった」
「そういう金はすぐに使うに限るんだ。じゃあ、いってきます」
「ありがとう。いってらっしゃい!」
シリアルを食べ終わり、時計を見ると午前9時。正午の待ち合わせまで時間がある。それをそわそわしながら待つ。
学校で会うのも楽しいが、自分の家で会うのもまた新鮮だ。
しかも一緒にテスト勉強をするだなんて、こんなにもありふれた普通の恋人のようなこともできるのかと、正直どこか不安な気持ちになる。
正直、俺と旭くんの関係はどこかウィン・ウィンの関係というか、しょせん体で繋がっているような関係だ。
俺はマゾヒストで痛みという起爆剤がなければ性的に興奮することはない。旭くんはその逆だ。誰かを痛めつけなければ興奮しないタイプ……そう、サディストだ。
教室での会話でも「自分はSだ」や「自分はMだ」なんてフランクに言っているクラスメイトも多いけれど、実際にそのほとんどは違うと思う。中には本当にそういう性癖を持ったクラスメイトもいるかもしれないけれど。
あくまで「痛み、被虐」において「性的興奮」を覚えるかどうかが、サディストとマゾヒストだ。
虐めたい、虐められたい。そんな簡単な話ではないと俺は思っている。
決して俺はいじめられることが好きなわけではない。そうされないと性的快感を得ることができないのだ。
本質的なことを考えはじめると、本当のところ旭くんのことが好きなのか分からなくなってくる。
いや、もちろん旭くんのことは好きだ。
でもそこに今の関係である、俺と旭くんのマゾヒズムとサディズムの関係がなくなったとしたら?
俺は旭くんを自分の性欲のはけ口にしてしまっているだけなのではないのか。
そんなことを考えながらぼんやりとしていると、スマートフォンがメッセージの受信を告げ短く震えた。
『すみません、早く着きそうです』
時計を見る。まだ待ち合わせの時間まで2時間以上もある。
電話の方が早いけど、もう電車に乗っている可能性もあるので同じようにメッセージを送る。
『もう電車なの?』
『はい』
もう電車ならあと15分もしないうちに駅に到着するだろう。
俺はまだ寝間着代わりのよれたシャツのままだ。慌ててボーダーのTシャツと七分丈の柔らかいスウェットパンツに着替えて最寄り駅のナヤ駅へ急ぎ向かった。
駅前のコンビニは外の暑さとは真逆で涼しい。そこの雑誌コーナーに旭くんはいた。
ゆるめの白のTシャツに黒に白いラインの入ったジョガーパンツを穿いている。身長が高いからルーズなシルエットの服も似合っていてかっこいい。
「旭くん、お待たせ!」
「いえ、すみませんなんか早く来てしまって」
そう言って旭くんは笑った。
さっきまで不穏なことを考えてしまったけれど、旭くんの笑顔を見ているとそんな考えは存在しなかったような気分だ。
「いいよ、大丈夫。なにか飲み物とか買いたいんだけど、旭くんどんなのが好き?」
「え、いいんですか?」
「うん、いいよ」
「桃の水のやつ、好きなんですよね」
「天然水のやつ?」
「いや、パックのなんですけど……あ、これです」
牛乳と並んで陳列されたそれは、1Lのパックジュースだった。部活の時によく飲むらしい。
そのジュースと自分用にほうじ茶、他にお菓子を買いコンビニを出る。昼は家にあるカップ麺でも食べたらいいだろう。
外は来た時よりも暑くなっていた。
家まで数分の道のりを歩くだけで汗がにじむ。家にたどり着く頃には俺も旭くんも汗をかいていた。
部屋のクーラーをつけておいて正解だったと思いながら部屋に入る。
リビングでもいいが、自分の部屋の方が気を遣わなくて済む。いや、ほんの少し、期待をしているのかもしれない。
小さなローテーブルに横並びになるようフローリングに座り、テーブルの上に教科書を広げる。
「じゃあ、旭くんはどの辺りの勉強したい?」
「古文の現代訳なんですけど」
「現代訳ね、それは結構得意かも」
昨日出しておいた高校一年の時のノートと教科書を用意する。
「斎藤先輩」
「なに?」
旭くんの指がスウェットのウエスト部分にかけられる。そのままズボンをずるりと脱がされるた。
「え?」
「なんで服着てるんですか?」
そう言った旭くんの嗜虐的な目に喉が鳴る。
「ご、ごめん……すぐ脱ぐね」
命令されるまま、着ていた服をすべて脱いだ。そしてその場に立ち尽くす。
「どうしました? 早く教えてくださいよ、勉強」
期待にからだが震えたけれど、なにかをされるわけではないらしい。
「あ……うん、えっとね」
そんな異質な状態でテスト範囲の解説を30分ほどしていると、不意にシャーペンで乳輪部分を突かれた。
チクリとする痛みにじんわりと快楽が降りてくる。
「ちょ、旭くん……聞いてる?」
「聞いてますよ? 先輩こそちゃんと解説してくださいよ」
「だから、これが、んあっ」
「ほら、斎藤先輩……」
目があった瞬間、火がついた。
「旭くん……あっ」
肩を押され、汗ばんだ背中がフローリングの床にペッタリと貼り付く。
旭くんが俺のお腹の上に馬乗りになる。
すり、と頬を撫でられたと思った瞬間にパチンと頬を叩かれた。
「斎藤先輩……」
旭くんの4本の指先が鎖骨に触れた。そのままギギギとからだを爪で引っ掻かれる。
引っ掻かれた痕が赤く線を残した。絶妙に乳首は外した位置を引っ掻いていく。
「……あっ、ああっ!」
何度も何度も引っ掻かれ、次第と乳首や乳輪にもギギと爪があたる。この度にビクリとからだが震えた。
「斎藤先輩、勃ってますよ」
後ろ手に俺のゆるく勃ち上がったそこを掴まれ、しごいていく。
「あさひくん……あっ」
旭くんが俺の上から降りてジョガーパンツとパンツを脱ぎ捨て、自分のカバンからコンドームとローションを取り出した。
「斎藤先輩、セックスしましょう?」
旭くんが荒い息をこぼしながら、俺の返答は待たずに俺のそこにコンドームを着けていく。
「あさひく、べんきょ……は?」
「今は斎藤先輩とセックスがしたいです」
トロリとローションが垂らされ、自分のお尻にもローションを足した旭くんが俺にまたがった。
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