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 放課後、森塚は人気のない廊下を一人歩いていた。『巡回中』という腕章を右腕に着けており、風紀の仕事中というのが分かる。風紀委員会の仕事は大まかに、違反者の取り締まりや服装検査、見回りなどである。  同じ学生という立場でありながら、生徒を取り締まる風紀委員は、一部の生徒からは顰蹙を買っていることが多い。特に問題児と称される五組の生徒からは、それはもう目の敵にされている。  藤ヶ丘学園は一度入学したら、高等部になるまでは一歩も学園の外へ出ることは許されない。それは生徒を守るための策でもあるのだけど、遊びたい盛りの頃にそんな囚人みたいな生活を送れば、どんなに良い子であったとしても多少性格は歪む。  閉鎖的な空間で、反抗期や思春期を迎えるわけなので、もちろんその矛先は学園側に向かう。どこから手に入れるのか、タバコや酒、中には有り余った力を発散させようと暴行を働く者もいる。  その傾向は、高等部に上がってからも、猶のこと続くのだからタチが悪い。先ほども暴行現場に居合わせ、教師に引き渡したところ、「絶対に殺してやる!」という捨て台詞を吐かれた。  そんな態度で人々を守れるのだろうか?という疑問は、ここでは拭いて飛ぶようなものだ。最早誰もその疑問点に、疑問すら抱かない。少しずつこの空間での処世術を学んで、最後には染まっていくのだ。  新学期とは思えないほどの体の疲れとともに、廊下を進む。何とか志木と一緒に備品の確認は終え、あとの処理は彼に任せ、そして自分は山倉に指示された仕事が終わっていないという───……。辛い。辛すぎる現実。そして、この後にはOBを招いての講習会の段取りの会議が入っている。泣きたくなるほどに時間が足りない。ため息を吐くしかできなかった。  二時間ほどで会議は無事に終わった。一週間後に行われる新一年生を対象としたOBによる、指導を目的とした交流会が行われるのだ。優秀な学生に早めに唾をつけておきたい軍としても、最前線で活躍している人の指導を受けたい学生にとっても、いい機会になる。  この時、風紀委員会は見回り業務が入っている。二・三年生は授業がなく寮で待機しているため、不用意な外出をする学生を取り締まらなければいけないのだ。 「森塚」  冷ややかな声が、名前を呼んだ。一瞬ビクリと肩が震えたが、意を決して振り返る。そこには山倉が仁王立ちしていた。  何かしたのか?と思ったが、逆だ。何もしていないから、この人は怒っているんだ。  山倉に指示された仕事が終わっていないことは、きっともう既にバレているのだろう。一年生の時に、直接指導されていた時の記憶が蘇る。その際もだいぶ厳しく指導されていたが、もうあの頃のは勘弁してほしいのが本音だ。  だって、美人が無表情なのって、だいぶ迫力があって怖いのだ。面と向かっては決して言えないが。

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