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「仕事、終わったか?」
「……申し訳ございません。終わっていません」
山倉は、腕を組みながらはぁっとため息をついた。ウっと押し黙る。どうにも山倉の前では借りてきた猫のように大人しくなってしまう。
さっきから無言なのが怖いし、何を考えているか分からないし。
気まずい空気がしばらく流れた後、山倉は「飯行くぞ」と食堂へ向かった。訳が分からないままついていき、二人掛けのテーブルに腰を落とした。お互い無言で食事をとる時間がしばらく続く。チラリと山倉を窺うと、同じくこちらに視線を向けていたため、バッチリ目が合ってしまった。
「お前、今回は見回り業務なんだってな」
「あぁ、はい……まぁ、そうですけど」
「そうか。頑張れよ」
ふっと笑う山倉に、目を開いたまま固まった。たまの飴がこんなにも美味しいなんて。あの厳しい山倉に激励されたかと思うと、どんなに仕事がきつくても頑張れる気がしてくる。声が上ずるのも構わずに、はいと答える。
「今日は俺の奢りな。段々お前ら二年が主体にもなってくるし、今のうちから盗めるものは盗んどけ」
どうやら彼は機嫌が随分いいらしい。こんな日はそうあるものじゃない。だったら、せっかくなので心行くまで楽しもう。
「ところで、お前。二組になったんだってな。すごい勢いで回ってきたぞ」
と思ったら、えらい爆弾を撃ち込まれてしまった。思わずむせきこむ。何回か咳を繰り返し、喉を整える。ようやく喋れるようになり、弁明する。
「あれは俺だって心外です。ていうか、俺が望んだわけじゃないんで……勘違いはやめてくださいよ?」
「まあ、誰が好き好んで上のきな臭い事情に首を突っ込むかって話は分かるがな。それにしたって、お前、だいぶヘイト感情を集めてるな。多分、ヤバいぜ」
山倉の言うことは最もなので、閉口するしかない。山倉自身、家柄は大層なものだが、本人が政や出世にはまるで興味がない。だからこそ、彼は生徒から信頼を集めているのだ。本人は嫌がっているが、その実将来の幹部候補と目されている。
そんな山倉が言うのだから、彰人にとってあまり良くない状況が長引くのは薄々とだが感じ取っていた。何の因果か、天敵の日野原とも同じクラスになってしまったし。平穏な学校生活は当分送れそうにない。
「俺は、平凡な毎日を生きていたいだけなんです」
「だが、お前の生きてきた過去は、それを許さない」
「そう、ですけど……。……でも、やっぱり、俺は」
「まぁ頑張れよ。人生は長い。それに、お前はもう一人じゃない。頼ろうと思えば頼れる仲間が、お前の側にはいるだろう。『一人』だなんて、大それた勘違いをするな」
目をパチクリしながら、彰人は山倉を見つめた。こうして、時々……本当にたまにだが、山倉は優しい時がある。それが、こうして心が弱っている時を狙ってだから。だから、山倉のことはやっぱり尊敬できる。はい、と強く返事をし、そして明日からの生活も頑張ろうと決意しながら残りのご飯を掻き込んだ。
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