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ただいま、と一声かけて、自室に入る。なんだか今日はとっても疲れたような気がして、目が重い。このままベッドに思い切りダイブしたい欲求に駆られたが、まだやることはある。風呂にも入らなければいけないし、新学期早々新たな課題も出されている。補習は避けたいため、やるしかない。
しかも、二組って結構難しい課題だすんだよな。これ、一晩で終わるのか……?と不安になるほど。ため息が出た。
「おかえり、遅かったじゃん。お疲れだなー、プリン食べる?」
「ただいま。来週OBが来るから、その関係でさ。ついでに山倉さんと飯食ってた。プリン、貰うわ」
同室である渡辺が、彼の好物であるプリンを片手に話しかけてきた。渡辺は気さくなイケメンといった感じでファンも多く、長めのサラサラの茶髪に細めの瞳という甘いマスクに、人気が高い。
もう一度言うけど、ここ男子校なんだけどな。
ただ、友人である自分から見ても整った顔立ちをしているとは思う。一ミリでいいから分けて欲しい。
とはいえ、彼とは大量のプレゼントをお裾分けしてもらったり、その代わりに特訓に付き合ったりと、持ちつ持たれつの関係なのだ。渡辺とは中等部二年に同じクラスになったのをきっかけに仲良くなった。以来クラスが離れても、基本的に寮の同室者は変わらないため、高等部でもそれなりの付き合いである。
渡辺がくれたプリンに舌鼓を打ちながら、課題に向かうべく椅子に座る。ゴソゴソと机に教科書やらノートやらを広げ、目標は一時間で終わらせたい。
「あぁ、あの先輩が指導してくれるってやつねー。地味に偉そうで、俺あんま好きじゃなかったわ」
「んー……、確かにそういう人も多いけどな。あれはあれで、外の世界と触れ合えるものだし、いいんじゃね?」
「ふーん。そういうもんなのか」
納得したように渡辺は生返事をし、「それよりもさぁ」と話を変える。
「あの山倉先輩と飯行くなんて、お前もやるねー。クールビューティーで周りは遠目で見るしかできないのにさー、森塚、結構気に入られてるよな」
「そうかぁ?山倉さん、割と後輩の面倒みはいい方だと思うけど。……まぁ、指導は厳しいし甘くないしな、怖がられるタイプだろうけど」
「あー、側から見ててもそんな感じするわ。そんな人だからこそ、誰かとご飯食べてる姿が想像できないっていうか」
雑談が続くが、ここら辺にしておいて、そろそろ本腰を入れて課題を進めなければいけない。渡辺に断りを入れ、教科書と睨めっこを始める。しかし一向に仲良くできない。問題にそっぽを向かれているように、ちっとも答えに辿り着けない。クルクルと頭の中で疑問符を躍らせていると、自分の分のプリンを大人しく食していた渡辺が口を開いた。
「森塚って結構真面目だよな。課題はちゃんとやるし、仕事もキチッとしてるし。ほんと、髪型で損してるっていうか。お前、それだけで中等部の頃から、目つけられてたろ?」
「損してるって言われてもな。これ、地毛だし」
森塚の髪色は、赤みがかった茶色をしている。毛先をつまみながら、光に透かすと、ほんのり赤みづく。森塚は、この髪色を気に入っていて、あえて変えようとはしていない。どれだけ注意されても、だ。
それは父も兄も同じ髪色をしていることに起因している。遺伝なのだと思うが、この色は彼らとの繋がりを感じさせてくれる大事なものだからだ。サイドの少し長めの髪を愛おしそうに見つめる森塚に、渡辺は優しく「似合ってるぜ」と笑う。
「それよりさ、まさか二年から二組になるなんてね。マジでビックリして、号外出しそうになったわー」
「うぇ、マジかよ。あんまり目立たないようにやってくれよ……?あんまりはしゃぎ過ぎると庇いきれんくなるから、ほどほどにしといてくれ、マジで」
「はぁいはい、分かってるってー。俺だってまだ長ーくこの学園の正体に迫りたいし。ほんっと、叩けば叩くほど埃が出てくるからさ、この学園面白くて助かるわー」
渡辺の悪癖が、見事に晒されている。野次馬根性とでもいえばいいか。彼はとにかく、何でも知りたがる癖があった。もちろん本人も自覚しているのだが、『知りたい』という欲求は、抑えられるものではないのだという。
渡辺からしてみれば、知らないことを知ろうとする努力が、一番生きていると実感できるのだと。新聞部に所属しているのは、まさに天職といえるかもしれない。
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