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──息が苦しい。喉が痛い。マラソンを全力で走りきった時のよう。だけど、止まることはできない。多紀は出入り口側の方にいたから、回り込めば合流できるはず。そのため、必死に出口を探す。
だが運悪く、他の仲間に見つかってしまい、森塚を見つけた瞬間捕らえようと追いかけてきた。ドタバタと階段を駆け上がる。
体が妙に重くて、怠い気がする。走ったことにより一時的に酸素が足りていないのだ。
会議室だろうか、誰もいない部屋があり、中へ入る。
ほんの僅かだが時間が稼げるはずだ。机の下に隠れ、息をひそめる。
──考えろ、落ち着いて、冷静に……
あの壁はどうやって現れた?そして、あの男はこちらの動きは筒抜けだと言っていた。考えられるは、監視カメラか透視能力者によるものだ。
監視カメラだったら警備室に向かえば、敵の中枢に潜り込める。目標は、そこだ。とにかく、まずは追っ手をどうにかせねば。
足を止め、男と向き合う。茶髪の若い男だ。ホスト風の出で立ちをしている。男は余裕そうに、森塚と対峙した。
「君、ほんと足速いね。若さっていいわー。俺ら、もう三十路手前だからさ、ちょっと走っただけで、息が切れちゃって」
笑いながら言うが、息は切れておらず全く疲れを感じさせない。口から方便も良いところだ。舐められているとすぐに分かった。
それならそれでいい。その油断がこちらとしては、かなり有利に働くと、信じている。
相手の出方を窺う。こちらの居場所は割れているので、足音は一直線に向かってきている。
ふぅ、と息を整える。十分引きつけてから、絶対に外さない距離から狙うしかない。相手がスピードを速めた。それに合わせ机の下から脱出する。組み立て式の警棒を男の目元付近に振りかぶる。
すんなり躱されたのは想定内だ。次の手で確実に決める。隠しておいた銃を構え、しっかり狙って撃つも、これも避けられてしまう。
「──まぁ、遊ぶのも、ほどほどにいこうか」
「ッ……‼︎」
男が殴りかかってきたため、反射的に避ける。間一髪だ。反応が遅かったら呆気なく殴られていた。とはいえ、避けたせいで、バランスは大きく崩し、机に乗り上げる。
駄目押しといわんばかりに男は森塚の顔を掴み、押さえつける。ガツンと音がして、星が飛び散る。
慌てて体を起こすも、ずいっと真正面に男の顔が近づき、驚いて肩が跳ねた。咄嗟に左腕で頭を庇うも、意識が向いていなかった腹を横から思い切り蹴られ、なす術もなく机から転げ落ち、壁に体を打ち付けた。
思い切り打った頭部はジクジクと痛みを訴えている。
体を起こす暇もなく、男は森塚の体を足で押さえる。容赦ない踏み付けに、肺にある空気が吐き出される。
「い……!っぁ、あ゛……!」
「遊びは終わりだ。これは、子供の喧嘩じゃない。俺たちに楯突いて、生きて帰れると思うな」
「ぅ、あ……、な、高野、は……、おまえら、目的は……」
「馬鹿正直に答える奴なんているかよ。つか、君、結構いい体してんね。鍛えてある体って、ほんと苛めがいがあるんだよね」
さすさすと腹筋に触れていた指先が、首にかかり、ギュッと力を込めた。
首にかかる圧迫感に、森塚は思わず喉を鳴らす。酸素の供給が断たれ、生命の危機を感じた脳は体に命じ、必死に拘束を解こうと暴れた。体をまたがる男に、森塚の足が何度も当たるが、状況は変わらない。
しかもコイツ、楽しんでやがる。苦しくなる寸前で少し力を弱めたり、それでいて息を吸おうとするとまた力を込める。これの繰り返しだ。脳は酸素を求めているが、それをこの男は許さない。
……もう、だめだ。意識、が、落ちる。
「……っげほ、っゲホ!……ぁ」
気を失う直前、首から圧迫感が消えた。一気に入ってきた酸素に、今度は肺の機能が追いついていかない。体をくの字に曲げて咳き込む。ようやく呼吸が落ち着いてきたところで、ギクリと体が強張った。
男が見下ろしている。その目がとても冷ややかなもので、まるで人間をゴミかなにかのように見ている。
──怖い。体が恐怖に負けて震えてしまいそう。だが、それすらも悟られてはいけない、と直感的に思う。それはきっとこの男を喜ばせるだけだから。そして、その直感は正しかったことを示す。
「──いい顔、だなぁ」
男が口を開いた。森塚を襲っているこの男、名を櫻井という。
実は、被虐趣味があり、特に若い男の苦痛に歪む顔が好きなのだ。
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