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 櫻井は目の前で苦痛に顔を歪める子供に、なんとも言えない感情が沸くのを自覚した。根っからのドSであることを、もちろん森塚は知らない。  遠のいた意識を何とか清明にし、反撃の一手を探す。 「……‼︎」  腹部に当たる硬いものに気づいた瞬間、青ざめた。 「気づいた?これ、超強力なんだよね」  臍辺りに当たるもの。感触からして、スタンガンの類だ。そこから出力される電撃は、到底気持ちいいものではない。雷や電気タイプの能力者と模擬戦することもあるが、彼らは皆一様にして距離の有利さと能力の多様性により、森塚には手も足も出なかった。  だからこそ櫻井が何をしようとしているのか分かって、恐怖にかられる。 「俺さぁ、好きなんだよね。怖くて怖くて堪らないって目をかっ開いく表情がさぁ。勇敢で真面目に生きてきた子だと、特にね」  森塚の表情は可哀想なほど青ざめていく。カチッと電源をオンにすると、途端に強い電流が流れた。 「っあ゛あ゛、ぁ……!あ、いだぁッ……!」  絶叫が止められない。櫻井の掌が森塚の口を覆っているから、そのほとんどは吸収されて、わずかな悲鳴となるだけだった。腹部を抉る打撃も容赦なく、自然と涙がこぼれ落ちた。  執拗な攻撃がようやく止んだ時、そこにはぐったりとした森塚の姿があった。意識を失っていないだけ良い方である。 「いい反応だ。連れて帰りたいぐらいだけどー……、そんなに増やしちゃダメって言われてるしなー」  スタンガンが心臓に当てられる。さすがにここに電流をモロに食らったら、心臓によくない。  男は何やら思案し始め、隙がある。何とか状況を打破できないか探る。電撃のせいで弱っていた次第に力や感覚が戻り始めた。  こっそり手を伸ばす。指先に触れたのは、すっ飛ばされたと思っていた銃だ。意外と近くにあったらしい。  ──チャンスは、一回きりだ。実力の差は歴然としている。恐らく、自分の力ではまともに戦っても、こちらが怪我するだけ。  それだったら、完全なる不意打ちしかない。  脱力しきったままで目を閉じる。頭を空っぽにし、敵意をなくす。そして、男の動き、服の擦れ具合、全てを耳から入手する。集中力を高めるのだ。  向こうが油断しきっている今なら、自分でも勝算があるはずだ。  その時は、突然訪れる。  何かを取ろうとした男は、一瞬だけ森塚から目を外した。それを逃しはしない。カッと目を開き、首筋めがけて麻酔弾を放つ。 「チッ……!何しやがった……」  ガッと口元を強い力で押さえつけられる。先ほど打ちつけた場所と同じところが床に当たり、激痛が走る。また首を絞められたら、たまらない。押さえつける手を叩いて抵抗していると、男から急に力が抜けていく。糸が切れたようにこちらに倒れこんでくるので、慌てて体を捻って避ける。揺さぶってみても目を開けることはなく、麻酔銃が効いてくれたようだ。  油断していてくれて助かった。ホッと息をつき、胸を撫で下ろした。早く警備室に行かなければ。  何か使える物がないかと身体チェックは入念に行っておく。腰ポケットのところに端末が入っている。パスワードが分からないため、中身は見れないが、念のため持ち歩いておこう。仲間に連絡されても困るし。  鍵の束や手錠を見つけたので、それで机の脚と男の両手を繋いでおく。余談だが、男のポケットに、やけに煌びやかな紙が入っており、よく見ると男の名刺だった。ホストみたいなデザインで、櫻井と書いてある。 「……こんな名前だったんだ」  なんだか余計なものまで手に入った感が否めないが、役に立つと信じて持っていこう。胸ポケットにしまっておく。  これでもう十分だろう。急がなければ──……  その時、視界に入ってきたものに、気を取られた。 「……ピアス?」  コロン、と落ちているのは、赤いピアスだった。櫻井のものだろうか。やはり小洒落た男だと、森塚はピアスを弄びながら思った。やっぱり、何か手がかりになるかもしれない。ポケットに入れ、森塚は痛む体を引きずりながら他の部屋を調べていくが、目当ての場所は中々見つからない。  この階ではないのだろうか?……いや、そもそも、こんなに敵に出くわさないのも、何かあるかもしれない。  高野の居場所も探らないといけないというのに、上手く体が動かない。それが酷くもどかしいと感じる。  地図でもあればすごく便利なのだが、あいにくそういった類のものは見当たらないので、このまま進む。  何回めか、ガチャリと扉を開けて、中を窺う。すると、さっきまでとは決定的に違うことがあった。  ──人の気配がある。

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