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そこは物置のようだった。乱雑にダンボールや資材が置いてある。大きな角材の後ろで、誰かが動いた気がした。
もしかしたら、敵かもしれない。こちらの出方を見計らっているのだろうか。ジリジリと近づき、拳銃を構える。ゴクリと唾を飲み込む。ドキドキ、拍動がどんどん早くなるのが分かった。心拍数が上がりすぎて、気持ちが悪い。銃を握る手が、震えが止まらない。
ふぅーっと息を大きく吐く。
「う……動くな!」
意を決して、胸の前で構えていた銃を向けながら人影に近づく。しかし、そこには意外な人物がいて、虚をつかれた。
「日野原……?」
慌てて引きかけていた引き金を戻した。そこには、日野原が縄で縛られた状態で転がっていた。布をかまされているため、何か言っているけど、ふがふがと声になっていない。
まさか、高野以外にも捕まっている生徒がいるなんて。
……いや、待てよ。高野は『一組も指導を受けられる』と言っていた。そうすると、敵の狙いは、優秀な生徒の拉致だろうか。
とりあえず布を取ってやり、どうしてここにいるか尋ねる。
「日野原、なんでお前がここにいる?奴らに連れてこられたのか?……ていうか、怪我してるんじゃないか……」
「っせぇなあ!離せよ、クソが!」
振り払われてしまった手が、宙を仰ぐ。相当苛立っているのか、いつもより口調が荒い。いつもだったら、もっと余裕ぶって心底馬鹿にしたような表情であるのに。
助けてやったのに、その態度は如何なものか。
ピクッとこめかみ辺りの血管が浮かんでくる。
さすがに腹が立ってきた。日頃の嫌味にも、だ。あまりにムカついたので、縄を解こうとした手を止めた。だって、あんまりだ。こっちは何も敵意なんてないのに。
「……ふーん、だったら一生そのままそこに寝転がってろよ、役立たず」
嫌がらせのつもりで、ドスンと日野原の体に腰を下ろす。案の定「降りろや、お前!」だの「ふざけんな!」と喚く声が聞こえてくるが、無視したまま銃の残数を確認する。あと五発残っている。
正直これがなくなるとかなりヤバいので、大切に使わないと。
ところで、日野原が変わらずうるさい。しばらく暴れていたが、たまに痛がるので、よく見てみると怪我をしていることに気づいた。
「……大丈夫か?」
「あぁ?お前に言われる筋合いねぇよ」
「…………」
……もうほっといてもいいかな?
とはいえ、見過ごすこともできないし、早く行かなければいけない。櫻井のポケットに入っていたナイフで、縄を切っていく。
「…………」
「…………」
お互い無言になって、気まずい空気になる。さすがに敵陣の中に怪我人を残すわけにはいかないし……とどうしようか考えていたところ、閃いた。
「これ、俺の携帯だから、これ持って外と連絡を取ってほしい。あと、多紀の加勢に行ってほしい」
「……はぁ!?なんで俺が……」
「頼むよ、お前しかいないんだ」
あくまで下手に出る。思うに、日野原は生徒会然り、訓練然り、人の前に立って動くことが多いんだと思う。いつしか当然のように期待されることに、ストレスを感じているのではないかと思ったのだ。
「頼むよ」
もう一度、目を見ながら頼む。チッと舌打ちしながら「わぁったよ」と吐き捨てた。
「それじゃあ、これ、お願いな」
「……あぁ」
森塚は自身の携帯を日野原に手渡した。
「多紀とはぐれたのは、まだ入り口の近くだった。最初は一緒に戦ってたんだけど、いきなり壁が出てきて分断されたんだ」
「了解。とりあえず、そっちに向かえばいいんだな?」
首を縦に振る。それじゃ、と先に物置を出ようとした森塚を、日野原が止めた。
「アイツらは沖を狙っていた」
「沖って……、俺たちのクラスの、沖宗太郎?」
フニャンとした表情がデフォルメの大人しい男子だ。気さくでコミュニケーション能力が高く、二組のクラス委員長も努めている。日野原とは中等部の頃から仲が良いらしいが、よくもまあ、こんな奴と付き合っていけるな……と半ば失礼なことを思いながら、その沖までもが拉致されている事実は、一体なにを意味するのか。
……と、こんなところで油を売っている時間はない。
すぐ別のことに気を取られてしまうのは、悪い癖だ。両の頬をパチンと叩き、集中力を高める。
にしても、先程はアドレナリンが出ていたおかげか、あまり感じなかったが、怪我の痛みがジワジワと出始めている。外された肩が焼けるように痛い。首を絞められた感触もまだ残っている。喉元を庇うように手を当てながら、廊下に人気はないかゆっくりと顔を出して確認する。
誰もいない。よし、今のうちに。
……あ、そういえば、あいつ、武器なんて持ってないだろうから、銃くらい貸した方がいいかも。そう思って振り返った。
「日野原ー、これ、つかう……、」
言葉が途切れたのは、目の前の光景に驚いたから。
さっきまで自分たち以外、誰もいなかった。なのに、日野原めがけて拳を振りかぶる男がいる。
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