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 やけにスローモーションで、咄嗟に手が出た。相手の前腕を警棒で受け止める。重い衝撃がビリビリと伝わってきた。なんとか受け止めることはできたものの、勢いは殺しきれず、そのまま日野原を巻き込みながら地面に倒れた。 「っ……おい、大丈夫か‼︎」  日野原の声すら頭に響く。汗が滝のように溢れる。受け止めた衝撃が肩にモロにかかり、痺れるような痛みが指先まで走る。 「……あれ、さっきぶり?なんでこんなとこにいんの?」  声の主は、高野を連れ去った金髪の男だった。喋り方からして、まだ年若い。軽いノリも相まって、大学生くらいに見える。 「侵入者ってお前のことだったのかー。なに?あれから追いかけてきたわけ?すごいねー」  心から思っていないだろう棒読み加減が、この男が只者ではないことを示している。棒付きキャンディーをくわえながら持て余している様は、それだけでこの場において向こうが有利だと思ってしまう。 「俺、綿谷。お前の名前は」  名乗った男はニィッと口元を歪めて笑ったかと思うと、森塚の首を掴んで壁に体ごと押しつける。ジワジワと蛇が獲物を締め付けるように気道が狭くなる。喉仏を潰すように、グリっと親指に力が入ってくる。  首を絞める手を必死に外そうともがくが、コイツ、力があまりに強い。風紀室で交戦した際にも思ったが、単純な握力が桁違いなのだ。骨が折れそうなほど、ミシミシと音を立てるよう。酸素を取り込めないため次第に体の力が抜けていく。 「ッ──げほ!は、はぁ……、あ……」  一気に空気が入ってきて、激しく咳き込む。肺が痛い。苦しくて涙が出てくる。 「おいッ……!大丈夫か、しっかりしろ……!」  日野原はゆさゆさと森塚の肩を揺さぶって、声をかける。しかし、森塚はそれどころではなく、ぐったりとしたまま体を動かすことができない。 「あー、そういえば、お前はどこのどいつだ?その制服……、学園の生徒で間違いないとは思うんだけど。もう面倒だし、お前でもいいかなぁ」  チラリ、綿谷が日野原に視線を向ける。 「──遊んでくれよ」  綿谷の声が低くなる。ガラリと変わった雰囲気に、それまでの彼がまるで別人のように思える。  薄っすらと空いた目で、森塚は綿谷を見る。  ──あぁ、やはり。コイツのオーラは、真っ赤だ。  森塚の能力は、『人のオーラが色で見える』という視覚能力である。物心ついた時から、森塚の見ている世界は、一般人とはまるで違う。  人間、動物限らず、生きとし生けるもの全てが、不思議なベールのようなもを纏って見えるのだ。  当然、家族も同じように見えているのだと思っていた当時の森塚は、無邪気に自身の能力について話した。だけど、当たり前のように見えている世界は、他人には違うのだと。それじゃ、自分が見えている世界って、なんなのだろう。  子供ながらに疑問に思っていたが、それに答えてくれたのは、大切な家族だった。父も母も、兄も、誰も森塚が口にする世界を、否定しなかった。それが嬉しくて、何度もなんども、家族に自分が見えている世界の話をした。  今はそんなこともなくなったけど、大事な思い出として心の中に刻まれている。  戦闘にはまるで役に立たない。だけど、森塚は自分の能力に誇りを持っている。  その能力が、綿谷は危険な人物だと、これでもかと示している。今まで見てきた色の系統から、大体の人柄は読める。

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