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 ──時間は少し遡る。  友人の姿がどんどん小さくなっていくのを見送って、渡辺は動き出す。  小型のパソコンを取り出し、画面をつける。そこには、監視カメラにて学園の中継が映し出されていた。 「気づいたのはー、日浦……日下部、それから……山倉さん、んー……生徒会長たちも気づいてるな。やっぱ勘が鋭いなー……」  ブツブツと独り言を呟きながら、渡辺はキーボードを叩く。軽快なタイピング音が、誰もいない音楽室に響く。  その顔色が変わったのは、一人の生徒が走っている姿を見かけた時だ。 「げっ、春名……お前がここで動くか」  向かっている先を見るに、風紀室の方だと分かる。そこには風紀委員の日浦がいる。万が一、風紀委員に接触されては事情が変わってきてしまう。  ……いや、この場合はすでに連絡を受けて、事情を知っている可能性が高い。和泉は、森塚を通じて風紀委員とは顔見知りであるから。友人の危機を知って知らんぷりできるほど彼が薄情な奴ではないと知っている。  そして、カメラに映っていない邦枝兄弟の行方も気になる。特に上層部を憎んでいる伊月の動きが読めない。二人は一瞬だが森塚と接触していたようなので、ここも警戒しなくては。 「仕方ない。……俺も腹をくくるしかない、か」  その表情からは、いつもの軽薄そうな雰囲気が消えていた。 「……本音は、もっといたかったんだけどね」  全てを諦めたような声が響くのみだ。    ◇   「日浦くん……!彰人くんたちがいなくなったって、本当なの……!?」  風紀室に駆け込むやいなや、和泉は叫ぶ。 「っ──!和泉か……。誰にも会ってないな?」 「あ……、うん、ごめん。いきなり乗り込んじゃって」 「いや、構わないけど……、でも、お前なんで知ってるんだ?」 「僕も助けに行きたいんだ……!日浦くん、協力して……!」 「ばっ、おま、何言いだすんだよ⁉︎あ~~、クソっ!お前に吹き込んだの誰だ⁉︎」  和泉は寮で過ごしていた時に、既に邦枝兄弟から事情を聞いていた。いきなり和泉から連絡を受けた日浦は驚いたが、無鉄砲に飛び出されるよりはマシだと風紀室へ来るように指示した。  中等部時代から仲のいい友人が姿を消したのだから混乱しているのは分かる。しかし、風紀を正す者として、見逃すことはできない。  交流会自体はそろそろ終わる筈だ。体育館の中で仕事をしている結城、それから山倉に報告しようと考えていた。  にしても、今にも学園を飛び出しそうな和泉を止めるのは、やや骨が折れそうだ。 「離して!行かないと……!」 「だぁぁぁ、もー!わかった、わかったから……!」  暴走気味の和泉を必死に羽交い締めしながら止める。友人のことが心配だということは分かるが、なんの策もないままでは立ち向かえない。  しばらく二人が押し問答していた風紀室に、来訪者が現れる。騒いでいた二人はピタッと動きを止めて、扉へ視線を向ける。  にっこり笑みを浮かべる渡辺は「──俺に、いい考えがあるんだけど」と囁いた。 「……!渡辺……お前、そうやって森塚のことも誑かしたのか」 「誑かしたなんて……言い方が酷いなぁ」 「前から思ってたんだよ。お前、新聞部として協力してるって言ってるけど、だいぶ私情が入ってるんじゃねぇのか」  日浦の表情は硬い。元から渡辺のことを胡散臭いと思っていた内の一人である。対し、和泉は暗くなっていく雰囲気に戸惑っていた。 「……確認なんだけど、日浦は森塚の過去を聞いたことは」 「本人からは聞いていない。……けど、当時あれだけ話題になったんじゃあ……可哀想だけど、俺の他にも気づいてる奴はいるだろうよ」 「うん……、そうだよね」  渡辺は、和泉に向き合う。 「春名は、助けに行きたい?」  いつもと違う空気が、そこにはある。興奮していた感情が徐々に落ち着いていく。真っ直ぐ前を見据えて、和泉は頷いた。 「じゃあ、今から俺の言う通りに動いて。悪いようにはしないよ」  さて、鬼が出るか、蛇が出るか──  これが正しい判断か、日浦には想像もつかなかった。

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