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「チッ……なんだってこんなことになってやがんだぁ、オイ」 「……俺に聞かないで、渡辺に言ってくださいよ」  煙草を吸いながら怠そうに走る椎名をせっつかせながら、日浦は渡辺に言われたことを思い返していた。 『邦枝たちにも協力してもらって高野につけた発信機を解析したから、今から言う場所へ向かって。協力者は準備してある。風紀の方も心配しないで』  協力者が椎名ということは意外だとは思いながらも、そう驚かなかった。粗暴な面が目立つも、実力が備わっていないとできない藤ヶ丘公園の教師を務めているのだから。生徒との距離が近く、気だるげな態度がそこそこ人気である。  現在日浦たちは、森塚らが向かったビルへ走っている。なぜ自分が行くことになっているのかとか、聞き捨てならないこととか色々あるも、日浦はもう突っ込まない予定だ。存外面倒くさがりな性格であるため、小難しいことは後にしようと思っていた。 「……ここか?」 「渡辺が言うには、そうみたいですけど」  なんの変哲もない、普通の建物だ。怪しい点があるか、と問われれば十人中十人が首を振るだろう。 「……もしもし?こっちは予定通り着いたぞ」 『了解。それじゃあ、ビル全体に電流を流して。それも、超特大のやつ』 「…………は?」 『単純な時間の関係だよ。森塚が奴らと接触してから一時間は経ってるからね。もう随分消耗している筈だ。今から中に殴り込んでいってもいいけど、それまで持ち堪えられるかな?それに、電気系の能力者の一番の強みは、遠距離で対象に攻撃できるところだろう?』  渡辺の言うことは一理ある。悔しいがその通りだ。  日浦は目を瞑り、静かに電気を溜め始める。パチッパチッと静電気のような音がして、次第に髪の毛も上がっていく。小石や砂なども、日浦が溜める電気の量に合わせ、浮き上がる。  すぅーっと息を大きく吸って吐く。頭の中に電気の塊が落ちるイメージをする。可能な限り具体的にイメージしておくと、後々能力が上手く使えるため、重要な過程だ。  集中力を極限にまで高めると、一瞬だけ何も考えない、感じない瞬間がやってくる。  俗にいう『ゾーン』という状態だ。 「──────いつでもいいぜ」 『サンキュ。責任はそこにいる椎名センセがとってくれるから、思いっきりやっちゃって!』  一瞬ギョッとした椎名だったが、「……まぁ、そういうことにしといてやる」と、半ば諦めたように煙草をふかした。  ふぅーっと大きく息を吐く。ゆっくり目を開けて── 「────いきます!」  ズドーーーン!と激しい音ともに、ビルに雷が落ちた。  ビルのあちらこちらから、薄い煙が出ている。 「…………やった、か……?」  動かない対象に当てるなんて造作もない。しかし、透視能力者はこの場にいないため、内部がどうなったかまでは読めない。  まず最初に動きがあったのは、出入り口付近でだった。見慣れた制服が飛び出してきた。 「多紀!……日野原も!無事か?!」 「えっなんでいんの!?」 「無茶したやつの尻拭いだよ。怪我ないか?」 「あ……、と、日野原が途中で割って入ってくれたから助かった」  擦り傷などはあるようだが、多紀は自分の力で歩けている。受け答えも問題ないことを確認し、「なら大丈夫だな」と椎名は日野原と多紀、それから日浦の名前を呼び、先に三人で病院に行くように指示する。 「先生は……」 「まだ中に残ってんだろ。合流したらすぐに行くから、早く向かえ」  そう言った瞬間、野太い悲鳴が響く。よく耳を澄まして聞いてみれば、それは聞いたことがある声だった。日野原が「沖の声だ!」と叫ぶ。 「ちょっと見てくるから、早く行け!」  常にダルそうな態度の椎名にしては珍しく、声を荒げている。ただならない空気感に、三人は若干怯えながらも、言われた通り一足先に病院へ向かった。  椎名が向かった先には、泣きそうな沖と高野が、上を見て叫んでいる。釣られて見上げると、カーテンを利用しながら降りてくる森塚の姿がある。手が滑ったのか、彼の体は真っ直ぐ地面に落ちていく。椎名はあくまで冷静に、半狂乱になって叫ぶ生徒たちにその場を離れるよう声をかけた。  猛スピードで落ちてくる森塚に瞬間移動《テレポート》をかけ、彼の体をしっかり抱える。出血の影響からか意識を失った森塚は、ぐったりとしている。怪我による発熱もありそうだ。  すぐに椎名たちも病院へ駆け出した。

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