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 時計の針が刻む音が、静かな部屋に響く。日野原は動かないし、どうしたらいいんだろう。手持ち無沙汰なため、伊月が差し入れてくれた蜜柑を剥いていると、ついに日野原が口を開いた。 「……………………悪かった」 「…………は?」  思わず間抜けな声が出る。森塚の反応が気に食わなかったのか、日野原が「悪かったって言ってんだよ‼︎」と吠えた。 「え……、あ、世話かけたってことか?」 「それもだけど……!………………今まで、馬鹿にしたこととか、そういうの……」 「………………え、マジ?謝ってる?あの日野原が?」 「あぁん?その言い方やめろ‼︎」  そりゃ、今までの仕打ちとか思い返すと、どんな心変わりだと言いたくもなる。中等部入学直後からだったし、もう四年ぐらい冷え切った仲だったのだ。 「……俺は、ずっとお前のことが気に食わなかった。いつもヘラヘラしててよ。大した能力だって持ってない、頭だってそんなに良くないし、ちょっと運動ができるぐらいの大したことない奴だって、思ってたんだよ」 「それは……中々に散々な評価だな、俺」 「なに言われても、お前が反撃することはなかった。諦めたような、冷めた目ばっかしててよ……そういうのが、気に食わなかった」  日野原が勢いよく頭を下げる。 「俺はそういう風にできなかった。昔から、 見てくればっかでできる方だって勘違いされてさ、実際にできんかったらすぐに離れてくんだよ、そういう奴らはさ。だから、求められるままに、そういう風に演じてばかりだったんだ」 初めて聞く彼の胸の内に、興味深く聞いている。 「森塚。お前を見てると、イライラしてしょうがなかった。……でも、それでお前に八つ当たりしてたのは、本当に悪かったと思ってる。…………ごめんな」  最後の方は消え入りそうな程小さかった。ニッと口角を上げ、いいよ、と笑う。 「もういいって。そんなに頭下げんなよ」 「でも……!」 「俺、難しいこと考えんの、あんまり得意じゃないからさ。お前の言う通り、体動かす方が性に合ってるんだよ。その通りすぎて、何も言えねーって感じ」  パン!と手を叩く。 「これでもう手打ち!てことで」 「でも、詫びの一つや二つ……」 「あぁ~、もう、キリがないって!」  話がグルグル回っている。なんか方法はないか、と考えていると、「そうだ!」といい方法を閃いた。 「だったらさ──……」  こっそり耳打ちをする。 「……は?そんなんでいいのか?」 「もちろん!俺と──……」 ◇  コンコンコン。ノック音三回鳴らしてから、「失礼します」と扉を開く。 「風紀委員です。今月の違反報告の書類を持ってきたので確認お願いします」 「森塚、それ俺が預かる」 「あ、サンキュ。任せた」  別に、と日野原はペラペラ紙をめくった。 「ん。いいと思う。確かに」  仕事モードの日野原に、なんだか新鮮な気持ちになる。  交流会から一週間が経った現在、日野原との仲は、よく話すクラスメイトレベルまで上がった。『普通の友人のように喋りたい』とお願いしたのが効いているようだ。  右腕の怪我も順調に治ってきて、最近は運気も上がってきているのかもしれない。 「そういえば、明日数学の小テストあるらしいぞ」 「げっ、桑センの難しいんだよな~……」 「……あのさ、お前がよければなんだけど、教えてやってもいいけど……?」 「マジで。あー、でも俺、まずは自分でやってみたいから、分からんところあったら聞いてもいいか?」  数学は苦手だが、一回は自分で解いておいた方が後々タメになるだろう。そう思って答えたのだが。……なんか、あからさまにショックを受けているようだが、日野原は一体どうしたのだろうか? 「日野原。喋ってないで、仕事に戻りな。球技大会が迫ってきてるんだから、これから忙しくなるからね」 「あ、はい。副会長」  副会長の凛とした声が、日野原を咎める。慌てて自分の席に戻っていく日野原を見て、森塚も用は終わったので帰ろうと、断りを入れ生徒会室を出た。  パタン、と静かに扉が閉まる。 「────────あれが風紀の森塚くんか。ふーん………………あれが、日野原の片思い相手…………」  ブフォと吹き込む音がした。 「ふ、っくかいちょう……!?なななななんで、知って、」  狼狽える日野原の姿に、その場にいた誰もが分かりやす……と思ったのは本人は知らない。  生徒会室でそんな会話がされていることなど、つゆ知らず。廊下を歩く森塚は、チラリと窓から外の景色を見た。快晴といった具合で、風も気持ちいい。  新学期からあっという間に1ヶ月が過ぎた。もうすぐ、新しい月がやってくる。さてさて、次はどんなことが起こるのだろうか──

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