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「よう、森塚。お前はいつでも元気だな」  いつもより表情が柔らかい。彼も曲がりなりにも学生だし、球技大会を楽しみにしていたようで、機嫌がいい。 「お手柔らかにお願いします……」とおずおず言うと、「楽しみだな」と目が細くなった。  ……ヤバい。かなり本気だ。  これは本気のボールが来てしまう。確実に誰も取れないだろう。ちなみに、なぜ森塚がそのことを知っているのかというと、去年も山倉のクラスに当たったからである。  その時も意気揚々と投げる彼のボールにまんまと外野まで弾き飛ばされたのは、いい思い出……うん、いい思い出なはず……?  その恐怖がじわじわと思い出されて、ブルっと寒気を覚えた。  そんなこんなで試合開始時間となり、嫌々ながらもコートに立った。 「あ……」  代表でじゃんけんに挑んだ森塚だったが、ボールは相手側からになってしまった。味方からブーイングの嵐に見舞われ、一刻も早く退場したい。  ともあれ、ついに試合が始まる。さっそく、三年生から強烈なボールが投げられる。さすが、といったらいいか。腕力一つとっても、全然違う。それだけ鍛えられているのだ。森塚たちはすんでのところで避けるので精一杯だ。とにかく、ボールを取らないことには、状況が進まない。  そう思っていた矢先に、山倉の手にボールが渡った。衝撃が走る二年生チーム。 「ちょっ……、こら、やめろよ!」 「ぜひコイツに当ててくださいませ、山倉先輩」 「やめろ、押すなっ!」  グイグイと背中を押す榎本に、半ば本気で抗議する。しかし、便乗した他の奴らも、森塚の背に隠れるようにして、身を守る。 「……森塚ぁ、歯ぁ食いしばれよ」  ニヤリと山倉が笑った。しかし目は笑っていない。これが一番恐怖を煽るのだ。渡してはいけない武器を渡してしまったよう。ひぃ、と息を飲んだ。  山倉が細腕を振りかぶり、そして豪速球が放たれた。威力もさることながら、コントロールも抜群で、迷うことなく森塚の腹部に吸い込まれていく。  ぐふっと口から空気の塊が溢れでる。全身で包み込むことで、何とか威力を殺すことができた。殺し切れなかった衝撃が腕に伝い、ジーンと痺れる感覚がする。  腹に食い込むボールの強さは、最早ただのボールのそれではない。転がりながらやっとの思いでキャッチすることができ、試合を観戦していた周囲からはどよめきが起こる。 「榎本……、パス」 「合点しょーち!さぁ、反撃すっぞー!」  攻撃はやる気に満ち溢れている榎本に任せておけば大丈夫だろう。一人で五人分くらいは動きそうな男である。ちょこまかと小賢しいぐらいに動き回り、外野との連携も相まって、あっという間に残るは山倉一人にまで追い詰めた。  だが、一筋縄ではいかないのか、山倉という男だ。まだその瞳は、諦めてはいない。しかも、味方側の痛恨のミスで、山倉にボールが渡ってしまった。

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