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 山倉はボールを拾い、こちらを見据え、ニッと目を細めた。 (あ……、ヤバい)  直感的にそう感じる。そして、それは正しかったことを知る。 「うぉ……、嘘だろ……?」  榎本の驚いた声が、全てを物語っている。一瞬にして、榎本と森塚を除く全てのチームメイトは山倉に当てられ、外野に行ってしまった。  そして、まだボールは山倉の手中にある。ポンポンと地面について、集中力を高めている。  ヤバい……、マジでヤバい。次で決めるつもりだ。しかも、おそらくは榎本を狙うだろう。森塚は怪我の影響で、ボールを投げることができないからだ。 「榎本!俺の後ろに隠れろ!」  咄嗟に叫んだ。ここで自分が当たってしまっても、最悪運動神経のいい榎本だったら、十分に戦える。  最もマズい展開は、攻撃が一切できない自分が残ること。それだけは避けたい。森塚の意図に気づいたのか、榎本は大人しく下がった。外野にいる生徒も、周囲の生徒も固唾を飲んで見守る。  そして、ついに山倉が腕を振りかぶった。ギュンと勢いよくボールは飛び、森塚は何とかそれに食らいつく。後ろに吹き飛ばされそうになる森塚を、榎本が背後から支えた。反動で後ろに下がりそうになり、じわじわと追い詰められる。シュウゥゥゥと音が収まる頃には、白線ギリギリまで追い詰められていた。  ホッと息を吐き、「あとは任せな!」と豪語する榎本に、ボールをつないだ。  その宣言通り、絶妙なコントロール加減で、山倉の指先にかすり、アウトになった。これで、二年生チームの勝利だ。記念すべき初勝利に、割れんばかりの歓声が上がる。三年一組は、優勝候補の筆頭だったからだ。 「すげぇよ、森塚!お前のおかげだぜ!」  手を握ったままブンブンと勢いよく振る榎本のテンションに圧倒されていたが、その流れで控えめだが、チームメイトとハイタッチすることができた。まだよそよそしい態度で接していたが、少しは打ち解けることができただろうか。  ──そう思っていたのに。 「……調子に乗るなよ」  キュッと心臓が掴まれたように縮み上がった。その生徒は、森塚が二組に所属することになった際、とりわけ非難をした生徒だ。名前を、出雲という。由緒正しい風使いの一族に生まれ、家柄と能力に誇りを持っている。そのため、森塚が二組に所属することに、一番反対していた。  彼とは、まともに話したことはない。話しかけても無視されるか、睨まれるかのどっちかだ。実のところ、クラスでの陰口はこの出雲が扇動しているのだ。  はぁ、とため息をついた。少しは周囲と溶け込めていると思っていたが、勘違いだったようだ。  肩を落とす森塚に、山倉が話しかける。 「お疲れ。よく頑張ってたな」 「お疲れ様です。いや、ほんと山倉さんには勝てないって思いました」 「そうか?俺は楽しかったぞ。それに、……お前、クラスで上手くやってるみたいじゃないか」  ……そう、だろうか。上手くやれているのだろうか。さっきだって、出雲とは少し会話をした(会話といえるのか?)だけで、気まずくなってしまった。

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