ホイッスルの合図により、試合が始まった。序盤は二組が優勢で、何度もゴールに迫る。しかし、三組はゴール下にいる生徒がバスケ部のようで、簡単にボールが取られてしまう。 「あっちゃー……吉原がいるか～……」 「吉原？」 「バスケ部でさ、すげぇ上手いんだよ」 　クールなイケメンという感じで、確かに目立つ。どうやら人気も凄いようで吉原が何かする度に黄色い声が響き渡っている。 　……男子校なんだけど、ここ。 　顔は高野と似たような美人系統で、整った顔立ちということは間違いない。 「部活入ってる奴って、一人までしか出れんし、吉原だけだったら大丈夫じゃない？」 「ん～、うちは足速いのを集中させたからな～……。リターンでなんとか有利に運べると思ったんだけど、吉原ってパス出すのも上手いんだよ」 「イケメンにモテ要素盛りまくりみたいな感じか」 　ちなみに榎本は陸上部に所属している。スポーツ全般が得意で、よく運動部所属の友人と昼休みに遊んでいるのを見かける。そのため、運動部には顔が広い。吉原ともよくバスケをやっているそうだ。 「今度森塚もやろうぜ。あいつらもお前のこと興味持ってたからさ」 　うん、と返事している間に、試合が動いた。 　ゴールを弾いたボールが、沖の手に渡る。瞬時にドリブルに切り替えて、一転攻撃に転じる。 「日野原、パス！」 　ボールが日野原の手に渡った。さっきの会話が蘇って、心臓が不意に高鳴った。 「ふっふーん！お前には抜かれないよ！」 　立ち塞がったのは、やる気十分の和泉だ。 　半引きこもりの多紀はとっくにエネルギー切れで、息絶え絶えに突っ立っている。苦笑しながら応援していると、「──隣、いい？」と副会長が現れた。 「え──、あ、いいですけど……」 　さっきまで隣にいた榎本は、友人を見つけたようで、そちらと話している。どうやらちょうど右隣がぽっかりと空いていたので、そこに入りたいようだ。 　生徒会副会長・漆葉巧うるは たくみ。彼が口を開くと、自然と目がいく。会長とはまた違ったタイプだが、この人もまた一目置かれている。 　そんな人が、何故ここに。 　目で語っていたのか、副会長は「そんなに見つめられると照れるな」と眉を下げる。その仕草も大人びている。 「後輩の勇姿を見にきたんだ」 「日野原ですか」 「あぁ、森塚は同じクラスだったね。どう？あいつ、活躍できてる？」 「シュート決めるって意気込んではいましたけど、どうですかねー……。三組の吉原が上手いらしいんで、なんとも……」 　試合の行方を見守りながら、副会長と話す。思っていたよりも話しやすい人で、少し安心した。 　試合は若干、膠着状態になっている。珍しく和泉が日野原を煽り、それを面白がった周りの生徒が、二人の対決を見守る形となっている。日野原はドリブルで抜こうとするが、意外や意外、和泉が抜かせない。 　あまり運動が得意でないと言っていたけど、「めっちゃ特訓したから、見ててよ！」と和泉が張り切っていたことを思い出した。 「あ……動いた」 　漆葉が呟いた。なんとか食らいついていた和泉の動きを日野原がドリブルで躱し、一気にゴール下まで移動する。すると、一瞬だけ彼の動きが止まった。 （──え） 　一瞬だけ、日野原がこっちを見たのだ。本当に、瞬きしていたら見逃してしまいそうなぐらい微々たるものだったけど、確かに見えた。 「ふっふっふー！吉原くんを止められるか⁉︎」 　体力を使い果たしたのか、和泉は荒い息で日野原をさらに煽る。 　スッと、僅かに体を後ろに引き、そのままゴールを狙う体勢に移る。吉原のガードも躱し、ゴールめがけてシュートする。 「はいった……！」 　応援していた二組の生徒や、日野原のファンなどが、一斉に沸いた。例に漏れず、森塚も思わず拍手する。 「やった！やったなー！」 「わ、榎本、いきなり抱きつくなって……」 「わっり！でもでも、勝ち越したぞ！」 　今のゴールで一点差だが、二組が勝っている。これは嬉しい。わいわいと榎本と喜び合っていると、隣で「ふふ」と笑う声がした。 「君たち、面白いね。……あ、ちょうど休憩か。クラスメイト、労ってあげたら？」 　漆葉の視線の先には、水分補給をするバスケチームの姿があった。おつかれ、と声をかけにいくと、日野原と目があった。 「……見てたかよ」 「見てたよ。すげーじゃん、有言実行だな」 　後半も頑張れよ、と言おうとしたところで、一年生だろうか、こちらを見てコソコソ話をしているのが聞こえた。よく耳をすませてみると、「日野原先輩の隣にいるの、だれ！？」「なに、あのちんちくりん……先輩の隣いれると思ってんのかな」「あ、僕知ってる！落ちこぼれの風紀の人だ！」などなど。 （めっちゃ聞こえてる……） 　ほぼ真横で話しているんだけど、聞いていい内容なのだろうか。というか、こんなに近くで話したら、百パーセント聞いちゃうって。頭回らんのかな、と思いつつ、これ以上悪目立ちするのもなぁ、と一足先にグラウンドへ向かうことにする。 「もう行くのか？」 「うん。後半も気ぃ抜くなよ」 　手を振って、日野原とは別れた。