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予想通り、榎本の活躍により二組が勝つことができた。最大の功労者を労わい、森塚は見回りの仕事へ向かおうとした。
「ちょっと待てよ」
「……出雲?」
「お前に話がある」
仁王立ちする出雲に面食らった。
「なに?話って」
とりあえず次の試合の邪魔にならないよう、グラウンドの端っこの方へ移動する。出雲と面と向かって話すことは今までなかったので、緊張してきた。
「……あんなことして、俺に恩を売ったつもりか」
「は?なんの話、」
「だから!さっきの……!」
森塚の声を遮るように出雲は声を荒げた。
「足手まといだと思ってんだろ!だったら、さっさと見捨ててればいいだろうが!」
「もしかして、さっきの代わりにぶつかったことを怒ってんのか?」
「俺がお前の悪口言ってんの知ってんだろ⁉︎いい子ぶってんじゃねぇよ、ウザいんだよ!」
かなり興奮しているようで、出雲の怒りはどんどんヒートアップしていく。
「ぽっと出のやつと一緒にされたくないんだよ、迷惑なんだよお前の存在が!」
どうやら、転んだ出雲を庇った行為が、彼の神経を逆撫でしてしまったらしい。
(そんなこと言われたって、俺にどうしろっていうんだよ)
あの場では、あれが一番最善の策だと思ったのだ。利き手が使えないため、ボールをとっても上手く投げれない自分が残るより、運動神経はちょっとアレだが健康体の出雲が残る方が一番いいに決まってる。
そう考えて、行動しただけなのに。なんでこんなにも疎まれなきゃいけないんだろう。
スゥッと心が冷たくなっていく気がした。
「別に……お前が俺のこと嫌いでも、俺は何とも思わないし、仕返しもしないよ」
出雲の顔が見れない。手が震えそうで、ギュッと握りしめる。
「でもさぁ、そんな風に言われたら、俺だって傷つく」
泣きはしないが、少しだけ目が潤んだのは確かだ。それを気付かれたくなくて、反対側に振り返る。
「って、うわぁ!?」
「えへへ……、着いてきちゃってました」
振り返った先には、志木と、彼の体にぐでんと寄りかかる遊馬がいた。
「遊馬が森塚先輩に挨拶したい~って聞かなくて」
「もりぃ先輩、こんにちわぁ」
やぁ、と手を小さく振る遊馬に、苦笑いしながら森塚も手を振る。猫耳のついたパーカーがお気に入りだそうで、フードをしっかり被っている姿からは、とても生徒会所属の人間とは思えない。彼こそが今年から生徒会へ移った、かつての風紀委員会の後輩である。
今日はまた随分と眠たいモードのようだ。
「……ふん!うるさい奴らだ」
不機嫌そうに足音を鳴らして、出雲はどこかへ行ってしまった。結局彼がなにを言いたかったのか、ただ行き所のないモヤモヤの捌け口にしたかったのか、その判断はつかなかった。
「森塚先輩……、大丈夫っすか?」
志木が心配そうに口を開く。
「あぁ……いや、大丈夫。俺、見回りの当番あるから、そろそろ行くわ」
「えぇ~、もりぃ先輩に久しぶりに会ったから、もっと話せると思ったのに」
遊馬は不満げのようだ。そして、なにを企んだのか、その場に倒れこんだ。
「遊馬⁉︎おい、大丈夫か……」
「えへ、もりぃ先輩ゲット~」
「志木ぃ……こいつ、なんとかして……」
調子が悪くなったのかと思いきや、イタズラが成功してベロンと舌を出す遊馬に、ため息が出る。しかも近づいた拍子に、遊馬は森塚に抱きつきしっかりと腕に力を入れている。
「このまま救護室まで連れてって~」
「ハイハイ……仕方ないなぁ……」
救護室は、第一グラウンドと第二グラウンドの間にあるテントに仮設されている。藤ヶ丘学園は中高一貫であるため、敷地面積はかなり広い。グラウンドと体育館も中等部高等部それぞれに二つずつあるほどだ。
ここからだと普通に保健室に行った方が早いが、まぁ入院している生徒もいるかもしれないから、大人しく救護室に行った方がいいか。
今いる場所からだと、だいぶ遠いんだけどな。
自分より背が低いとはいえ、男子高校生をおぶって歩くのは中々骨が折れる。救護室に着く頃には、全力ダッシュした時のように息が上がっていた。
「あれ、森塚じゃん!怪我したのか?」
「速水先輩こそ、なんでここにいるんですか?保健委員でしたっけ。俺じゃなくて遊馬が寝たいそうで、運んできたんです」
空いている布団の上に遊馬を降ろす。
「別の奴が保健委員なんだけどよー、そいつ入院してて。俺が代わり」
救護室には、少ないながらも怪我人がちらほらいた。保健委員が必ず一名は待機することになっているが、速水のクラス・三年五組の保健委員は入院中のようだ。速水は剣道部の先輩で、よく気にかけてくれ、それなりに仲は良い。明るく染めた茶髪が襟足までかかっていて、一個年上なだけだが随分と大人びている。
「じゃあ遊馬、俺行くから」
「はいよぉ、もりぃ先輩さようなら~」
「ほんと、ありがとうございました。森塚先輩」
志木と遊馬に一言話してから、校舎へと向かう。
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