40 / 65

9

 もうすぐ十二時になる時間帯なので、弁当を片手に、どこで食べるか相談する生徒たちが多い。今のところ大きなトラブルは起きていないそうだ。これは本当に珍しいことで、さすがは男子高校生といったところか、やはり数少ない行事は楽しみなようで、お行儀がいい。  今は一年生の教室がある校舎をパトロールしている。すれ違う生徒に声をかけながら歩いていると、前から非常に派手な生徒がやってきた。  ズンズンと真っ直ぐに歩いてくるので、このままでは避けないとぶつかってしまう。そう思って右に体をずらしたが、なんとその相手も同じように体を横に動かした。 (恥ずかし……)  日本人特有の遠慮癖が出てしまった。スッと反対側へ体をずらすと、またしても同じタイミングで相手も体を横に避けた。 (……なんでだ)  そのような応酬が数分間繰り返され、苛立ちとか申し訳なさよりも、なんでこんなにタイミングが合うんだという疑問が浮かぶ。すると、いきなり「フフフ……」と相手が笑い出した。 「フフ……。森塚ぁ、まだ気づかない?」 「え、あ、結城さん⁉︎また一段と普段と違う変装ですね……⁉︎」  派手な生徒の正体は、風紀委員長の結城だった。彼の能力は『変身』で、自身の骨格とあまりにかけ離れていなければ任意で別の顔になることができる。普段から能力を使っており、結城の本当の顔は誰も見たことがないという噂だ。かくいう森塚も、会うたびに顔が違うので声を聞かないと判断できない。 「見回りお疲れー!もう上がっていいよ。午後は暇な委員に回すからさ」 「マジっすか。結城さんはサッカーでしたっけ?勝ちました?」 「こんな派手な見た目にして青春謳歌している時点でね……俺のクラスはぶきっちょさんが多いのよ……」  額に手を当てて大袈裟に嘆いているが、要は初めから勝てないなと思った彼は、せめて行事を楽しもうと変装ではっちゃけているようだ。 「そのかわり、文化祭はめちゃくちゃ張り切ってるけどね。もうこっそり準備してるしね」 「へー、マジで早いですね」  ついでなので結城に誘われるまま一緒に昼食を済ませた。順調に勝ち進んだおかげで、午後も球技大会を楽しめる。二組はバスケ、ドッジ両方とも勝ち進めている。これは総合優勝も期待できるかも、と胸が高鳴る。  それから、高野のバレーを見に行ったり、日浦や邦枝兄弟の違反スレスレの奮闘ぶりを見たり、一人無双する日下部を応援したりしているうちに、次の試合の時間となった。 ◇  ついに本日最後の試合だ。相手は三年五組。向こうは背の高い生徒が三人もいて、かなり手強そうだ。そして五組なので、もれなくガラが悪い。高等部三年ともなれば年季が違う。そのほとんどが風紀委員として注意したことがあるので、さっきから中指を立てて挑発してくる。 「風紀の奴がいんぞ!」 「ぶっ潰してやれ、オラァァ!」 (俺を生贄に団結するのやめてくれ~……)  若干恐ろしさを感じて、榎本の背後に隠れる。同情心からか何も言わず匿ってくれる榎本に感謝した。 「それでは、三年五組対二年二組の試合を始めます────」  ボールは三年生からになった。  投げるボールの威力から違う。纏っている音がボールから発するそれではない。  それを容赦なくコートに投げるのだから、生半可な覚悟では取れない。果敢に挑もうとしても、指先に掠って終わりだ。実際、その策で何人かはアウトになってしまった。  しかも、一度ボールが向こうの手に渡ったら、それこそ誰かが当たって威力の落ちたボールがコートに落ちない限りボールが取れない。さらには、大人しめの生徒ばかりを狙うのもタチが悪い。  榎本が必死に巻き返すが、ついに残るは森塚と榎本、それに出雲だけになってしまった。  まだ三年生は五人も残っている。汚い言葉で煽ってくるうえに、周りの応援も三年生の数が圧倒的に多いので、試合以外のコンディションもあまりよろしくない。  また、三年生側からのスタートだ。ボールは一直線に森塚めがけてやってくる。避けても避けても、ボールは森塚に向かって投げられる。 「なんか……、お前のところばっかボールがいってないか?」  榎本の言葉により、そこでようやく自分が狙われているということに気がついた。  なるほど、普段の憂さ晴らしをしているのかもしれない。 (だから、って、こんなに、狙われる筋合いないと、思うんですけど⁉︎)  流石に疲れが溜まってきて、汗が出てきた。Tシャツで雑に拭う。 「クソっ、またあっちにいっちまった……!」  ボールのキープ率は圧倒的に三年生が高い。榎本が警戒するよう声をかける。

ともだちにシェアしよう!