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ジャージの色が緑色で、主犯は三年生だということは分かる。中にいたのは五人。御しきれない人数ではない。一人は指示役のつもりか、机に腰をかけ行方を眺めている。被害者は二年生一人。
「やだ……!離せって、やめ……‼︎」
「『やだ』って言って、期待してるくせに」
ギャハハと下品な笑い声が響く。ポケットに突っ込んであった風紀の腕章を左腕に取り付ける。これが少しでも抑止効果があればいいのだが、果たして効くかは分からない。
現状使える武器は、己の拳一つのみ。
意を決して教室へ飛び込む。突然現れた第三者に、犯人たちは虚をつかれた。
「──風紀委員会だ!全員、そこに座れ!」
長身の金髪の生徒が、森塚に殴りかかった。その生徒を目にした森塚は、驚いて目を見開いた。
「……!速水先輩……⁉︎」
「よっ、森塚。さっきぶり」
速水からの攻撃はすんでのところで避け、今度は殴りかかってきた別の生徒と向き合う。速水は最初の一撃以外、自分から手を出す気はないようで、一歩引いている。
残る三人の攻撃を躱しながら、反撃の手立てを窺う。だが、信じられない気持ちでいっぱいだった。
(なんで?……だって、速水先輩……優しかったのに、なんで)
チャラついている見た目に反して、面倒見がいい先輩だと思っていたのに。勝手に裏切られた気分になって、悲しくなった。
風紀委員として鍛えているため、並みの生徒ならば一分とかからず倒すことはできた。三人とも地面に伸びている。本来であれば直接殴る行為はご法度だが、今ばかりは許してほしい。
速水に向き合った瞬間、顔面めがけて拳が伸びてきた。避けようとして右足に体重がかかる。途端に激痛により、バランスを崩し床に倒れこんだ。
「森塚……大丈夫」
答える前に、速水が森塚の右頬を思い切り殴った。ガンと骨と骨とがぶつかり合う音。しびれを伴う痛みが、頬から脳まで伝う。
まさか被害に遭っているのが、吉原だったとは。間近で見てみると、確かに綺麗な顔をしている。そういう目に遭いやすいタイプなのだろう。
「待ってたよ、森塚彰人くん」
離れた場所で観察していたヘッドフォンを首にかけた生徒が、興味深そうに森塚の顔を覗き込んだ。そして、「フッツーな顔だね」と言い放った。
「アイツも、何で大切なものを作っちゃうかなー……自分が動きづらくなるだけなのに」
「……アイツ?」
ブツブツと何か独り言を言っていた彼だが、「あぁ、そうだ」と思い出したように手を叩く。
「君はもう大丈夫だよ、逃げちゃっても。ありがとねー、囮になってくれて」
その言葉は森塚の背後にいる吉原に向けられている。悔しそうに唇を噛む吉原に、少しでも安心できるよう努めて笑みを浮かべる。
「吉原、今すぐに逃げろ。俺に意識が向いている間に」
吉原の肩は可哀想なほど震えている。襲われかけたのだ。無理もない。チラリとヘッドフォンを肩にかけた軟派風の生徒を見る。
それにしても、こいつ、全く隙がない。レベルが違う。一人だけ戦場でも生き抜いてきたのかと思うほど、オーラが違うのだ。
「別に名前は教えなくてもいいかなーとか思ってたけど。どっちにしたって知るだろうし、俺は長峯馨。三年だよ。よろしく」
爽やかそうな見た目と相反して、長峯のオーラはどす黒い。腕を組んで立っている姿は、一見普通の男子高校生だが、明らかに場慣れしている。
「……あなたの目的は、俺ですか」
「そうだよ。切り替えの早い子は頭がいいからね。好ましいよ、そういうところ」
「だったら、吉原のことは見逃してください。大方、俺とか他の風紀委員を呼び寄せるための人質みたいなものなんでしょう」
冷めた笑みを浮かべる長峯を睨みながら、森塚は叫ぶ。
「そんなくだらない事に、他の誰かを巻き込むのはやめてください」
目線を逸らさず睨み続ける。不意に長峯が視線を逸らした。──今しかない。
「っ……‼︎吉原、逃げろ……‼︎」
勢いをつけて長峯に飛びかかるも、速水に阻止される。だが、それでいい。吉原が逃げる隙さえあれば。
「早くしろって!」
「っごめん……!」
吉原が逃げたのを確認し、森塚は二人と向き合う。一番の手練れは……。速水は腕を組んでおり、余裕の表れである。対し、森塚はその事実が受け入れられず、突っ立ったまま呆然と呟く。
「先輩……なんで、」
「なんでって、言われてもな~。こっちの方が刺激的だってだけだし。一回森塚とは本気で手合わせしたかったんだよ、ね!」
速水は一歩大きく踏み出し、森塚の頭めがけて手を伸ばす。それをなんとか避け、距離を取る。
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