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 重い瞼を上げ、何度か瞬きをする。瞼が腫れぼったく視界も中々クリアにならない。それでもゆっくりと繰り返しているうちに、清明さが戻ってきた。  場所は意識を失う前と変わらず、資料室のままだった。拘束は解けており、体操服もしっかり着せられている。  違っているのは、布団のようにかけられている三年生のジャージ。名前を確認すると、速水のものだった。途端に泣きそうになり、なんとか堪える。  他に誰もいないようだが、この場所に長く留まっているのは危険だ。もし長峰や速水が戻ってきたら今のままじゃ太刀打ちできない。  散々殴られて痛む体に鞭を打ち、立とうとした瞬間だった。ドロっとした半液状のものが、股下から漏れる。 「あ……」  考えなくても分かる。中に出していきやがった。  カッと頭に血が上る。そして、一気に涙腺が緩んだ。このままじゃ駄目だということは分かっているが、立てない。ジクジクと痛む腹は、殴られただけじゃないのだ。  どうしよう。泣いたら駄目だと、そうしてしまったら負けたことになると思っても、自制できない。グッと唇を噛みしめる。泣きたくない。泣いてしまったら、認めることになる。男に犯された事実と、負けた現実を。  誰かが廊下を走る音がする。  見られたくない。こっちに来ないでほしい。壊れた機械のように、その思いしか浮かんでこない。  資料室の前で足音は止まった。ゆっくり扉が開いていく。 「……!森塚……!」 「は……日野原……?」 「馬鹿、何やってんだよ!」  日野原が乱暴に抱きしめる。なんでここに、と呟く。 「……お前が体育館覗いてたのをたまたま見たんだよ。んで、榎本からお前が保健室に行ったって聞いた。したら、その途中に」 「俺が助けを呼んだんだよ」  ドクンと心臓が跳ねた。今の、声は。 「俺が見た時はもう犯人はいなくて……その子だけ倒れてたんだ」  全ての元凶である長峯だ。よくもまぁ、いけしゃあしゃあと。非難したいのをグッと堪え、かけられていたジャージを握る。グツグツと煮え滾るような感情が湧いてくる。 「大丈夫?立てる?」  そっと手を差し出す長峯だが、どういうつもりなのだろうか。何を考えているか分からず、困惑と恐怖しか頭に浮かばない。 「おい、お前……どうなんだよ?……森塚?」  俯いたまま動かなくなった森塚を、日野原が怪訝そうに覗き込む。そして、ギクッと肩が跳ねた。森塚は病人かと思うほど青ざめた表情で、さらには体を震わせている。その尋常じゃない様子に、さすがに日野原は責める気が無くなった。戸惑ったまま落ち着かせるよう抱きしめる。  ギュッと日野原のジャージを掴む森塚の手は、酷く弱々しいものである。 「……すみません。俺の方で対処するので、先輩は席を外していただけますか?後日風紀から協力要請がかかると思いますが、その時また」  生徒会を引き合いに出されては分が悪いと思ったのか、長峯はあっさりと引き下がった。 「それじゃ、その子のことよろしくお願いするね」  パタパタと足音が遠のき、教室にいるのは、二人だけになった。 「……おい、今なら二人きりだ。顔見せろ」  長峯の姿が見えなくなったのを確認し、日野原は森塚に向き合う。だが、森塚は日野原の制服に顔を埋めたまま動こうとしない。今は、無理だ。 「とりあえず保健室……、」 「………………た」 「どうした?」 「写真、撮られた……」  日野原の挙動が固まる。ボタボタ大粒の涙が森塚の瞳から零れ落ちる。 「お前、まさか……!」  その言葉により、日野原は森塚が何をされたか完璧に理解した。そして、グッと唇を噛んだ。撮られた写真がどうなるか分からないほど、無知ではない。不安定な森塚を安心ささるよう、日野原は固く抱きしめた。 「大丈夫……大丈夫だから」  言い聞かせるように、何度も日野原は呟いた。  ふわっと体が浮いた。日野原が自分をおんぶしていることに、森塚は戸惑う。優しく気を遣ってくれているのが分かる。振動がないよう、普段よりずっと遅く歩いてくれているのだ。そんな、ちょっとしたことが、とても嬉しい。 (……あんだけ、仲悪かったのにな)  こんなところ見られるなんて恥ずかしい。  ……だけど、見つけてくれたのが日野原でよかったとも思う。 「あ、りがと……」  震える声で礼を言い、そして彼の背中に顔を押し付ける。涙はまだ出るし、こんな顔は誰にも見られたくなかった。ずっとそうしていると、温かくて眠ってしまいそうだ。ずずっと鼻をすする。色んな液体がついてしまっていることに気付いているだろうが、日野原は何も言わなかった。暫くそうしているうちに、眠ってしまったらしい。  次に目を覚ましたのは、保健室のベッドの上だった。

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