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目だけで部屋を見回す。保健委員だろうか、ジャージを着た生徒が机に向かって書類を書いているのが見える以外は、誰もいないようだ。目が覚めたはいいものの、何をしていいか分からず、ただボーッと白い天井を見ていた。
よく見ると左腕に点滴がされている。この人がやってくれたのだろうか、とよくよく生徒を見てみると、隣のクラスで新聞部の相良だった。そういえば、保健委員だったか。
「あの……」
「⁉︎気づいた⁉︎ごめん、ちょっと苦しいかもだけど、体起こせる⁉︎」
森塚が起きていることに気づいた相良は、慌てて聴診器やら血圧計やらを持って側にやってくる。ゆっくりでいいから、と支えてくれ、何とか身体を起こす。
「……うん、血圧も脈もそれほど問題はないね。正常の範囲内だよ」
紙に記入しながら、その生徒は説明してくれる。
「今は十八時を過ぎた頃で、球技大会はとっくに終わってる。今日一日入院はしてもらうから心配しないで。それから、暴行の痕は簡単な処置はしておいた……けど、右腕は変わらずあんまり使わないで。栄養補給と痛み止めのために点滴してるからね、取らないで。あと一時間ぐらいで終わると思うから」
首を縦に振る。書類を記入し終わった彼は、ベッド周りのカーテンを閉じた。そして、声を潜めて「ここには俺しかいないし、鍵も閉めているから誰も入ってこない」と前置きをしてから、核心に迫る。
「保健委員だから、俺は見過ごせない。……誰にヤられた?」
スッと胸が竦む。冷たいものが流れる気がしたが、気のせいだと思いたい。なんで知っているんだ、と思ったところで、気絶したままの自分を治療したのが彼ならば、気づかないはずがないのだ。
自分のではない新しいジャージのズボンに履き替えてあるし、パンツの中の不快感も無くなっている。その上で人払いや見えないように環境を整えてくれるのだから、その誠意には応えないといけないだろう。グッと唾を飲み込んで、「何も話したくない」と口を開いた。
「森塚……お前、風紀委員だよな。取り締まりとか、ちゃんとしておいた方がいいだろ?それとも自分から切り出しにくいなら、俺から言ってもいいけど?」
眉を潜め、相良は口を開く。気を遣ってくれていることが分かる。きっと責任感が強いタイプなのだろう。
「ごめん……ありがとう。でも、ダメなんだ」
「……ダメって、何で」
言いかけて、相良はまさか、と口を押さえた。その仕草で、どうして言えないのか彼が気づいたということが分かった。さすがにどうしようかと思ったのか、相良は口を噤んだ。
筋金入りの保健委員である相良は、実はこういった場面にはかなり遭遇してきたため、対処方法ならある程度心得ているという自負があった。だけど、これではダメだ、と相良は意を決する。
「……ねぇ、森塚。誰にやられたか、教えて?」
相良が甘えるような声色で尋ねる。きょるん、と大きな瞳を武器に、詳細を聞き出そうとする。妙に甘ったるい相良の声が耳に入ると、脳が溶けていく感じがする。
(なんか、頭ふわふわする……)
「言っちゃいなよぉ……そうしたら俺から風紀委員長に話してあげる。それだったら、いいでしょ?」
思考に靄がかかったように、ハッキリと考えられない。そのまま、うん、と答えそうになる。
「……ん」
「ほら、素直になりなよ……。最初の、一文字は……?」
相良はゆったりとした手つきで、森塚の顎を撫でる。そのままクイっと上向きにし、自身と視線を合わせる。
甘い囁きに、口が滑りそうになって、しかし最後の力を振り絞って、首を振る。強情な森塚に、相良は途端に不機嫌そうに眉を顰め、「こりゃあ無理だわ」と匙を投げた。
「ちぇっ、ダメか……。お前、『催眠』に強いんだな」
相良の能力は『催眠』。相良の場合は声の調子により、人の深層心理を操ることができる。程度にもよるが、相良は簡単な内容であれば自白させることができるのだ。
森塚が『催眠』にかかりにくいと言われたように、対象により向き不向きがあり、戦闘面においてはハズレ扱いされがちな能力だ。相良はそのことを十分に理解しており、自身の可愛らしい見た目と能力を武器に、お色気作戦によって新聞部として活躍している。
その能力を以ってしても暴行の犯人を聞き出すことはできなかった。仕方ない、と相良は諦め、「今日のところは引くけど」と帰る準備を始める。
「また今度聞くから、言い訳ならたっぷり用意しときなよねぇ……」
本気の相良は、もっと恐ろしい。若干恐怖を感じながらも、絶対に口を割らないよう肝に命じた。
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