48 / 65

17

 着信音も切れてしまい、途方にくれる。今更だが全力疾走したお陰で体は疲れを訴えていた。座ろうとしたが、尻に違和感があるために何となく座りづらい。 「………………ふぅ」  ゆっくりと少しずつ座っていく。今更だが、仕事をすっぽかしていることに、気が重くなっていく。十時を過ぎたばかりで、それぞれ準決勝が行われる時間だ。まともに話し合いを聞いていなかったため、これからどう動いていいか分からなくなってしまった。 (……自業自得、だな)  風紀委員の風上にも置けないことをしたのだ。自分本位の行動に擁護などできない。  体育座りをしながら考えていると、手首の痕が目に入った。意識的に目を背けていたが、体が石のように固まって目を逸らせない。  震えそうになる体と心を、叱咤する。 「しっかりしろ、俺……!」  深く息を繰り返し、気持ちを入れ替える。  ピリリリリ  何回も電話がかかってくるので、流石にイラッときて、誰からか確認せずに「もしもし⁉︎」と乱暴に出た。 『おい!お前、どこにいる⁉︎』 「……日野原?」 『電話!……出ないし、昨日の今日で連絡つかないと………………心配になるだろうが』  最後の方はやっと聞き取れるぐらいの音量で、思わず「は?」と聞き返したほどだ。音楽室だけど、と答えると、『そこから動くな』とドスの効いた声が返ってきた。  言われた通り大人しく待つ。電話は繋がっており、日野原の息遣いや走る音が聞こえる。何かにつまづいたのか、時折『クソ!』と悪態をついているのに、笑いがこみ上げる。  日野原との電話に酷く安心する自分がいて、何故かおかしく感じた。うっすらと涙が滲むのも、きっと気のせい。  …………いや、気のせいじゃない、か。 「森塚……!」  本当に走ってきたのか、さっきよりも息が上がっている日野原が現れた。ツカツカと無言で近づいてくる彼に、内心ドキッと心臓が跳ねた。不自然に速くなっていく鼓動は、まるで壊れた鼓笛隊の玩具のようだ。 「ほんっと、お前バカ!居場所ぐらい、ちゃんと誰かに言っとけ!」  いきなり力強く抱きしめられ、驚いて彼の顔を見る。眉間に皺が寄って、それは不機嫌そうに思えたが、それは違うと知っている。分かってしまった。彼のその表情は、自分の不甲斐なさを悔やんでいるものだと。 「頼むから…………もう黙っていなくなるなよ」  日野原の声は震えている。それだけ心配をかけたということに、申し訳ないやら恥ずかしいやら、様々な感情が込み上げてくる。 「ごめん……ごめんなさい。今だけ、ちょっと肩貸して……」  ポロポロ、涙が溢れてくる。散々泣いて、ようやく気持ちが落ち着いてきた。  その後、山倉と結城、それから相良にも諸々の事情を謝罪していった。山倉は難しい顔をしていたが、何回も頭を下げることで事なきを得た。  ◇ 「…………はぁ」 「おいおい、くっらい顔してんなー、森塚!」 「辛気臭いぞ、森塚!」 「俺、なんで五組と一緒に風呂掃除してんだろ……」 「それはな、森塚。お前が誰もいない所で暴走しないように、監視付きのペナルティのためだよ」  ジャージ姿の日浦が、こめかみに青筋を浮かべている。 「やっぴ~日浦。元気~?」 「あぁ、誰かさんらが騒ぎを起こしてくれなかったらもっと元気だよ」  デッキブラシにもたれかかっている朝日に、日浦はげんなりとした表情で答えた。 「ほんと、風紀委員がいるクラスでペナルティなんて、いいお笑い種だぜ」 「まぁまぁ、早く終わらせてさぁー、サッカーやろうぜ」 「あっ、賛成ー!和泉たちも誘おうぜ!」 「お前らは大人しく手を動かせ」  ブツブツと独りごちる日浦に、朝日と伊月が浴槽を磨きながら大声で叫んでいる。 「ごめんな、日浦。不甲斐ない同期で」 「……別に。どうせ五組の奴ら、まともにやらないから。人手があった方がいいし」  視線をずらしながら、 日浦は椅子に腰を下ろした。 「んな暗い顔すんなっての。まぁ、山倉さんが怖いのは今に始まったことじゃないし、現場押さえて大変だったんだろ?」  それに、と日浦は続ける。 「渡辺とかさ、……いなくなってから、お前落ち込んでたじゃん」 「………………うん」 「ちっとぐらい休んだって、バチは当たんねぇよ」  口調は乱暴だが、日浦は基本的に達観している。日浦は年の離れた弟がいるため、面倒見がよく頼られることも多い。 「……ありがと」 「ん。そんじゃ、無理しない程度に綺麗にしてこい!」  日浦はバシッと森塚の背中を叩き、喝を入れた。

ともだちにシェアしよう!