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 掃除から水遊びになりながら掃除を続けること一時間。「あの……」と扉を誰かがノックする。 「──……あの、森塚っている……?」  恐る恐る大浴場の扉を開けたのは、吉原だ。 「ごめん、取り込み中だと思ったけど、風紀の人に聞いたらこっちにいるって聞いて」 (あ、この感じ、前もあったな)  入院している時に高野が謝りに来た時と同じ、後悔が先に気まずさを生んでいる表情だ。掃除の手を止めて、隅っこの方で話すことになった。 「助けてくれてありがとう。それとごめん。その……昨日のこと」  目が丸くなる。吉原が被害に遭ったのはむしろ、未然に防げなかった自分、そして警戒を怠った風紀の落ち度だ。そう伝えると、「それでも君が庇ってくれて、それで怪我したのは事実だ」と吉原は俯いた。 「君、いつも大変なことに巻き込まれてる印象があるから、余計に申し訳ない」 「いや……!その、俺は全然大丈夫だし、体頑丈な方だし、部活やってるから体力には自信あるし!だからもうこの話は終わりで!」  多少強引だが、話を終わらせる。どうにもしんみりした空気が苦手で、すぐに場にそぐわないテンションになってしまうのだ。いきなり話を変えた森塚に、少し戸惑いながらも吉原は優しい目つきで微笑みかける。 「君から目を離せない理由が分かった気がするな」 「……?」 「これ、渡すのが遅くなったんだけど、アイツから」  おもむろに吉原はポケットから紙封筒を取り出した。「開けてみて」という言葉通りに、ゆっくり丁寧に開けていく。 「──これ……」  思わず、封筒の中身と吉原の顔を何度も交互に見る。手の中には、見慣れたピアス。 「ピアスをネックレスにするなんて、渡辺くんも洒落てるね」  渡辺は左耳にピアスをつけていた。校則違反だからやめとけ、と何回注意しても、その度に「大切なの、これ」と笑って聞かなかった。 「…………って」 「え?ごめん、聞こえなかった。もう一回……」 「形見だって……、お父さんの形見、だから、大事だって……」  涙がブワッと溢れる。新聞部の協力を仰ぐ際、気難しいとある意味有名だった渡辺に引っ付いてようやく聞き出した、彼の本心の一つだった。  涙が止まらない。頬を大粒の滴が伝って、拭えきれないほど、どんどん溢れていく。  突然泣き出した森塚に、そっと見守っていた日浦たちが慌てて近づく。 「ごめ……、こっち見ないで」 「無理すんなよ。泣きたいなら思いっきり泣けばいいんだからさ」 「そーそー。俺たちなんて、ガキの頃から癇癪起こして泣いてばっかだったぜ」 「俺らに比べりゃ、森塚は物分かりが良すぎる気がするな」  日浦や邦枝兄弟の暖かい言葉に、さらに涙腺が決壊した。子供のように泣きじゃくる森塚を、その場にいる全員が見守っていた。 「おーい、捗ってるかー?山倉さんと結城さん達から差し入れ!……て、なに、どういう状況?」  ビニール袋を片手に日下部がやってきた。キョトンと不思議そうな日下部が、場の空気を変えてくれて、むしろ助かった。 「二組のバスケ、次決勝だってよ。早く終わらせちゃって、見に行こーぜ!」  その言葉に、日野原や沖がバスケの試合に出ていることを思い出した。 「そんじゃ、あとは全体的に流して、そんで終わり!気張ってやれよ!」  日浦の号令に、巻き込まれた吉原も合わせて、全員で掃除を終わらせた。  ◇◇◇  誰もいない教室から窓際に肘を立て、長峯薫はグラウンドを見下ろす。どいつもこいつも、呑気なものだ。長峯は悪態をつきながら、冷めた視線を投げかけた。 「ダッセーの……」  本当、踏んだり蹴ったりだ。目を閉じて、面と向かってメンチを切りに来た生徒会の後輩を思い返す。完璧に演じ切ったと思ったが、随分勘の鋭い奴だった。殴られた頬に触れてみると、ピリッと痛みが走る。  長峯にとって、森塚の存在は好ましいものではなかった。だから、彼を襲った。  ──いや、襲わせた、というのが正しい。 長峯自身は直接手を下さない。そうやって長峯は、長い人生を上手くやってきた。  極め付けは椎名からの警告。ソッと喉元に手を当てる。先ほどまで絞められていたせいか、未だじくじくと痛む気がする。  激昂した椎名の様子を思い返す。椎名から呼び出しを受けたのは、球技大会の一日目が終わる頃だった。風紀からの事情聴取も終わり寮へ帰ろうと思っていたのが、出鼻をくじかれた。とはいえ、ここで無視するのはあまり得策ではない。素直に応じた。

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