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多少のトラブルはあったものの、概ね準備は順調にに進んでいた。エキストラ役で出た撮影で、「オー!」と声を出すだけで何十回もダメ出しを食らったり、連日の会議に胃が痛くなる毎日であったが。それも今日で一区切りになる。
最後の準備日、森塚は家庭科室にいた。
「それでは~、第一回クレープ下準備班の出動でございま~!」
「いえーい!」「パチパチー!」などと大の男が盛り上げているが、大体の生徒の目は死んでいる。一番大変な作業は人気がなく、じゃんけんで負けた敗者がここに集っているのだ。一際死んだ魚の目をしている森塚も、空気を読んで拍手を繰り返す。
「はい、そこー!嫌そうな顔しない!」
悪いことはしていないが、思い切り指されるのは恥ずかしい気がする。テンションの高い白石から何となく視線を逸らした。
なにはともあれ、渋々生地を作り始めた。今日は生地の大量生産が目標だが、一応一通りは作って味の確認をする予定らしい。一日だけで全部作るのは大変なので、二日間に分けて作成するらしい。
作り方が書いてあるプリントを熟読してから、小麦粉に牛乳、卵をボールに入れて混ぜていく。おたまで適量を掬って、熱したフライパンに生地を落とす。クレープの生地は薄いから、十秒も経たないうちに焼き上がる。これで完成だ。
案外簡単だが、これを数百回繰り返さないといけない。焼くグループと生地を作るグループ、それから盛り付けのグループに分かれ、各々手を動かしていく。
「おっ、順調じゃーん!君、センスいいよー!」
「……白石先輩、ちゃんと準備してください」
「んー、それがねー俺が火に近づくとみんな恐ろしいものでも見た顔になるんだよねー」
なんでかなー、と首を傾げる彼だが、強火のまま焼こうとするので、腕前はお察しのところ。クレープ生地をフランベする白石を慌てて止めた。
「なんで料理班のリーダーやってるんですか?」
「じゃんけん弱いのよ、俺」
見かねた森塚が白石の分まで作っていく。要領さえ掴めば意外と簡単だ。
「ねー森塚くんってさー、風紀なんだよねー?」
「そうですけど、なにか?」
「いやー、風紀には見えないなーって」
完全にやる気をなくした白石は見守る姿勢に徹するようだ。ベターっと机に伏して、森塚の調理の様子を見ている。
「だってさー、副委員長めっちゃ怖いじゃん?服装検査の時とか、俺いっつも副委員長なんだけど、なんでー?超嫌なんだけどー」
「それは俺に言われても……。やっぱり付属品がたくさん付いてると目につくんじゃないですか?」
「付属品ってー。これ、結構高いのよー」
ケラケラ笑ってピアスを弄る白石は、森塚の素っ気ない返しにも気を悪くした様子がなく、非常に喋りやすい。
「まぁ……たしかに口が悪いし目力が異様に強いし。でも、あれで優しいところ、あるんですよ」
分かりづらいですけど、と言う前に、白石があわあわと慌てだした。
「先輩?どうしたんです、か……」
「──────その口が悪くて目力が強い奴ってのは、まさか俺のことじゃねぇよなあ?」
ヒュッと喉が閉じた。
怖気付きながら振り返ると、腕を組んで仁王立ちする山倉がいた。
「ああああの……!違くて!」
「言い訳は無用」
ピシャリ、言い放った山倉は、流れを見守っていた白石にビニール袋を手渡す。
「差し入れ。今回は悪かったな、こっちの不手際で」
「えー、まさか副委員長から?」
「俺から……って言えたら格好がつくけどな。風紀から」
「おー、いっぱいあるー。やりぃ」
ご機嫌の白石とは対照的に、森塚の顔色は悪い。
「副委員長さん意外と気が効くんだねー」
「えぇ、そうですね……」
げっそりした顔つきに一気になったのも構わず、山倉は「ここに長峯はいるか?」と白石に尋ねる。
「んー長峯なら今日はいないんじゃないかなー。いつものようにサボりだよ、アイツ」
「……そうか。分かった」
ありがとう、と一言礼を言い、山倉は去っていく。弁明する暇もなかった。クールでドライな方なので、後に引きずることはないが、若干気まずい。
「君も随分間が悪いんだね」
同情する白石の言葉に、心底頷いた。
「…………もしもし?あぁ、俺だ。文化祭の間、長峯薫に監視をつけてくれ。……あぁ、頼む」
ピッとボタンを押し、通話を切る。山倉は携帯をポケットにしまった。
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