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三年五組での手伝いも終わり、明日がついに文化祭初日になる。よく走りきった、と自分を自分で褒めたい。
「……つっかれたー……」
風呂を済ませてベッドの前まで来た瞬間、倒れ込んだ。連日の疲労が、遂にピークに達した。全身を筋肉痛に襲われ、もう一歩も動きたくないのが本音だ。目を瞑ったら今にも寝そうになる。
(……は、寝てた)
重い体を引きずって椅子に座る。溜まった課題も少しは終わらせておきたい。文化祭が終わったら小テスト、七月には学期末テストがある。この成績次第で実習先も決まるというから、おちおちバカにすることもできない。
行事続きで浮かれた学生に現実を突きつけるテストは、ブラックコーヒーのように苦々しい。
藤ヶ丘学園の勉強レベルは、比較的高いのではないかと思う。将来国防に関わるものとして、恥ずかしくない教育をしなければならないのだと、風紀委員会顧問の原が管を巻いて話すくらいだ。
「──分からん……」
頭も疲れているのか、教科書やノートを眺めても、ちっとも問題が解けない。というか、問題読んでる、と……眠くな……る………………
ハッとして机に突っ伏していた体を勢いよく上げた。若干よだれが溢れていて、慌てて口元を拭く。あまりに眠すぎて集中できない。
ホットタオルでも作ろうかと考えていた時、ポコンと音が鳴った。
誰からかと思ったら、日野原であった。彼は彼で生徒会もかなり忙しく、まともに話していなかったから、なんだか随分久し振りに話した気持ちになる。画面には『今、何してる?』となんてことないメッセージが表示されていた。
「課題やってた。ムズい」
『どれ?』
「レポート」
『あれは付け焼き刃じゃ無理(ヾノ・∀・`)ムリムリ』
「んっふ……!」
いきなり日野原には似合わない顔文字が語尾についていたので、思わず笑ってしまった。
(顔文字使うタイプなのか……)
連絡先を交換しても、元からマメにやり取りすることはなかったから、何気ないメッセージの交換が面白い。次はなんて返ってくるかな、と気になっていたが、日野原からのメッセージはピタリと止まった。もう飽きたのだろうか。
森塚も完全に勉強する気力はなくなったので、再びベッドに寝転がる。欠伸が出て、そろそろ寝ようかと携帯を枕元に置いた途端、ピコンと鳴った。
『二日目、時間あるか?』
『時間あったら、他のクラスの、見に行かないか』
立て続けにポコポコ鳴るメッセージに、そういえば、忙しさで誰かと一緒に回るなんて約束するどころではなかったと思い至った。どっちみち警備にかかりきりで余裕はないだろうし、空き時間は静かなところでゆっくり過ごそうかと考えていたが、時間が合うならそれもいいかもしれない。
「いいよ……と」
一言だけ返して、今度こそ眠りにつこうとする。しかし、なんだか気になって目を閉じてみても、すぐに起きてしまう。目閉じて、開けて、また閉じて……を繰り返していた。
既読もつかず、変化は起きない。向こうも寝てしまったのかも、と諦めて肩まで布団をかけ直した瞬間、またポコンと音が鳴った。
「……ふは」
気の抜けた笑い声が、たった一人だけの部屋に響いた。
「スタンプなんて使うのかよ」
なんとも微妙な顔の猫のスタンプだ。普段のギャップと相まって、笑いが止まらなかった。程よい眠りに誘われ、いい夢を見れそうだ。
────夢を、見た。
父さんがいて、母さんが料理を運んでて、兄さんが「持つよ」とスマートに手伝う。妹が父さんに抱きついて、俺はそれを少し離れたところから見ている。
家族全員が揃っていることに、泣きたくなるほどの嬉しさを覚える。
父さんは小学校の先生だったから、いつも忙しくって、あまり家にいなかった。大学受験を控えた兄さんも毎日鬼のように勉強していて、大変そうだなぁと思っていた。それでも、父さんも兄さんも時間があれば遊んでくれて、不満なんてなかった。一個下の妹は甘えん坊で、よく二人で公園に遊びに行った。
夕飯はなるべく家族揃って、というのが信条で、忙しい父さんもなるべく仕事を早く終わらせて、五人揃って食べていた。
ごく一般的な、取り止めもない普通の家庭だった。
学校から帰って、母さんが出迎えてくれて、時には近所の友達と遊んだり剣道の教室へ通ったり、そんな平凡な日常を過ごしていた。
──いつだってそう、変化は思いもよらないところから忍び寄ってくる。
気づかないうちに深みに嵌って、戻れなくなる。
そんな単純なことも、俺は知らないまま。
この光景が二度と見れなくなるなんてこの時は思ってもいなかったし、ずっとずっと続くと信じていた。
ぐにゃり、景色が変わる。蜃気楼のように歪んでいく彼らに手を伸ばして──
「………………もう、朝か」
夢とリンクしていたのか、天井に向かって手を伸ばしていた。重い体を起こして、目を擦る。目元が濡れていて、泣いていたのだと気がついた。
背中がじっとりと汗をかいていて、夢見の悪い季節になってくる。
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