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駆け足で待ち合わせ場所に急ぐ。 『一時、昇降口で』  約束した時間の少し前に着いた。直前までバタバタして慌ててパーカーを引っ掴んできたが、身なりもボサボサだ。壁に背を預けてぼんやりと前を見ていたが、ガラスに映る自分の姿に、自分でこれはどうよ?と自問自答する。 (……寝癖ついてないよな……?)  普段は意識しないところまで気になってくる。横に無造作に跳ねている髪を触っている森塚に「早いな」と日野原が声をかけた。 「体調は?」 「全然問題なし。俺、行きたいところあるんだけど、日野原は?絶対行きたいクラスあるか?」 「んー……先輩方のクラスは顔を出しとこうかと思うけど、お前に任せる」  あれやこれや行きたい場所をピックアップしておいたが、時間が足りるか、そして日野原が快諾してくれるか、不安はあった。せっかくの楽しい場なのだ。お互いの意見を擦り合わせるのは必須である。  よかった、と胸を撫で下ろし、まず最初は三組へ向かう。「三組??」と日野原が若干難色を示したのは、なんとなくわかる。 「彰人くん!遊びに来てくれたの!?嬉しいなー………………なんでコイツも一緒なの……?」  可愛らしい満面の笑みが、森塚の隣に立つ日野原を目に入れて一点般若の形相に変わった。相変わらず相性は悪いようだ。 「はは……、一緒に文化祭回ってる」 「そうなんだー…………デカいだけの電柱が、彰人くんの隣にいていいと思ってんの」 「何小さい声でボソボソ言ってんだテメェ!」  日野原の怒号もひらりと躱し、「2名さまご案内ー」と和泉は二人を席へ案内する。 「はい、サービスのオレンジジュースだよ。はい、水」  あからさまに違う和泉の態度に、日野原がイラついているのが分かる。キッと目を細めて和泉の後ろ姿を睨みつけている。  二年三組は定番の和風カフェで、衣装も大正浪漫風である。店内も華やかに飾ってあり、メニューも昔懐かしいものが多く並んでいる。  お昼時なので、ガッツリ食べておかないと後々大変なことになる。それぞれ注文してから、ポツポツ話し始めた。 「なぁ、日野原って和泉と小学校同じだって聞いたけど、そうなの?」 「あ?あぁー……アイツが小六になってから転校してきたんだよ」 「えっ、そうなのか」  地味に気になっていることだが、日野原と和泉はなんであんなにも仲が悪いのだろうか。 「あっちから突っかかってくんだよ、あの野郎」  日野原の言い分に、以前和泉たちと話した内容が頭に浮かぶ。 『小学校の後半ぐらいからかな。ずーっとあんな風に冷たい態度だったから、周りに人がいなくなっちゃった』  聞いても、いいのだろうか。日野原と普通に話すようになって、一ヶ月が経つ。それまで散々な態度を取られていた分、どうやって距離を詰めていいのか、いまいち読めない。  見られたくないところも、恥ずかしいところも既に見られているというのに、面と向かって話すには気恥ずかしさの方が勝つ。 「あの、さ……和泉は、お前が急に雰囲気変わった時があったって言ってたんだけど」  それって本当?と聞く前に、日野原の形容しがたい表情に、言葉が止まった。傷ついているような驚いているような、そんな表情だった。 「……俺の実家は横浜にある。通っていた小学校の名前は、西浜小だ」  その名前には聞き覚えがあった。森塚が通っていた小学校がある地区の、隣の隣ぐらいの距離にある学校の名前で、なんの変哲もない一般的な公立校だ。 「なんか意外だな。日野原なら小学校から私立のお坊ちゃん校に通ってるのかと思った」  まさかこんなに母校が近いとは思っておらず、図らずしも小学校時代のことを思い出した。 「懐かしいなー。よくカードゲームとかやったよ、小さい頃。全然欲しいの出ないし、かといってお小遣いも全然足りなくて。あとクラスで縄跳び流行ってさ、剣道の稽古終わりとか、みんなでよくやったよ」  話し始めると、どんどん思い出が溢れてくる。賑やかに話す森塚に、日野原は愛おしそうに相槌を打つ。 「あ……わりぃ、俺ばっかり話してる」 「……別にいい。お前はそうやって、バカみたいに笑っていた方がいい」  少し踏ん反り返っての笑みは、まるで王様のよう。偉そうな印象を受けるが、しかし日野原のイメージに合っているのだから不思議だ。  オレンジジュースの入ったコップが汗をかく。からん、と溶けた氷と混ざった薄い味を舌で転がしていると、多紀が注文した料理とともにやってきた。 「『心中前の最後の晩餐は軽く食べられるおじや』と『不倫の味は酸っぱいナポリタン』おまたせでーす」  料理の名前が傍目から見ても独特なのは、高校生ならではのアイディアだろう。 「多紀は接客だったのか」 「ん?違うぜ。休憩入るついでに、料理運んできただけ。俺は厨房係」  多紀は余っていた椅子を運んで、森塚たちの二人がけのテーブルの近くに置いた。 「和泉も後から来るから、こっち座っていい?」 「いいよ。日野原も、いいよな?」 「……別にいいけど」  ムスッとしている日野原に、多紀の方から声をかける。 「三組の多紀です。隣、失礼するね」 「……おう」  かなりの人見知りをする多紀だが、普通に日野原に話しかけることができている。 「多紀……、お前、自分から話せるようになったのか」 「未来の生徒会長さまに媚び売っとかないとね」  理由はどうであれ、中等部時代の多紀の引きこもりぶりを知っていると十分すぎるほどの進歩だ。感動して泣きそうになっていたところ、当番を交代した和泉が走ってきた。 「彰人くん!僕とも一緒にお喋りしよ?最近全然お昼一緒に食べれてないんだもん」 「あはは……忙しくって」 「文化祭だって、僕と冬馬くんの誘い蹴って日野原なんかと一緒に回るんだもん!僕、悔しくって悔しくって……!」  そこまで言って、和泉は一気に標的を日野原が注文したおじやに移した。 「こんなもの……!僕が食ってやる!!」 「は……あぁ!?おま、俺のを食うな!」 「うるせぇ!お前がいるから、彰人くんが忙しいんだ!」  鬼神の如く日野原に突っかかる和泉に、「や、やめなって……」と弱々しく止める。ヒートアップしていく二人の勢いに割って入るのは中々困難だ。 「多紀、止めてよ」 「え?デイリークエストやってからでいい?忘れちゃうから」  結局、二人の勢いが止まったのは、それから二十分後のことだった。 「で、どっちが悪いの?」 「「こっち」」 「子供かい」  まるでコントのように、お互いを指差す和泉と日野原に、森塚は呆れながら「喧嘩はすんなよ」と諭した。  その後も携帯ゲームに興じる多紀は、面倒ごとの気配を察知するやいなや森塚に丸投げし、和泉は日野原をおちょくるので忙しく、かなり長居してしまった。  小腹を満たし、休憩時間もそんなにないので、名残惜しいが多紀と和泉と別れ、次の出し物へ向かう。

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