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 藤ヶ丘学園文化祭はついに最終日を迎えた。後夜祭も含め、例年通りなら今日が一番の盛り上がりになるはずだ。  テンションの高い生徒らとは裏腹に、森塚は先程から何度も何度も携帯を見つめてはポケットにしまうことを繰り返している。  落ち着かない。ちゃんと迷うことなく来れるだろうか。というか、そもそも自分が誰か分かってくれるだろうか。約四年も離れていたとなれば、成長期真っ只中の今なら容姿はかなり変わっているだろう。  気になってしまい落ち着かない。現在の時間は待ち合わせの十分前だというのに、そわそわしている。  朝からそんな調子なので、志木にも突っ込まれた。そんなに挙動不審なのかと思いつつ、確かになぁ、と深呼吸を繰り返している。  木にもたれかかりながら、息をつく。そんな森塚に、ワンピース姿の少女が近づき「あの……」とおずおずと声をかけた。  ビクッと肩が跳ねた。ゆっくりと右側へ体を向けると、そこには肩までの長さをした茶髪の少女が立っていた。 「彰人……だよね」 「……うん」  お互い口を閉じて、沈黙が流れる。 「久しぶり。元気だった……って、そうじゃないよな、ごめん、何言ったらいいか、分かんなくて」  少女は小さく首を振り、「謝らないで」と断絶する。 「背、高くなったね。大人っぽくなったね。……元気そうで、本当によかった」  ウルっと目元が熱くなる。気を抜いたら泣きそうになる。さすがに人の往来が多いところで泣くのは憚られるので、目元に力を入れて対処する。 記憶の中の少女はもっと幼く、そしてもっと快活な雰囲気で、同時に彼女の目も当てられない姿を最後にみた。 菊田亜沙菜。森塚の幼馴染で、小学校時代まで隣の家に住んでいた。 「……亜紗菜も、大人っぽくなった。髪型、似合ってる。メイクとか……服とか、俺、あんまり分かんないけど……」  しっかり前を向いて、少女の顔を見る。 「……可愛くなったよ」  森塚の言葉に、ニコッと亜紗菜は微笑んだ。彼女は「紹介したい人がいるの」と少し離れた場所でこちらを伺っていた少年の腕を引っ張った。  ポカンとしながら見ていたが、どうやら亜紗菜の知り合いらしい。随分親しげな様子だ。 「ほら、挨拶して」 「だって……、えっと……、お前が、森塚彰人か?」 「そうだけど……、君は?」 「……俺は、亜紗菜の彼氏!佐竹洸河!亜紗菜の幼馴染だからって、気安く近づくんじゃねぇ!」 「……彼氏?って、本当に……?」 「文句あっかよ。亜紗菜がどーしてもって言うから、今日来ただけだから、俺はお前のことなんて認めてないからな!」  森塚は目を丸くした。洸河は口を尖らせながら、ビシッと森塚に人差し指を向け、「やめなさい」と亜紗菜に嗜まれている。 「だ、だって……、舐められたら終わりだと思って……」 「そういうこと考える人じゃないって何度も言ったでしょ?ちゃんと話して」 「………………悪かった、よ……?」  洸河は戸惑った。森塚の瞳から大粒の涙がボロボロと零れ落ちている。これには亜紗菜もビックリして、洸河と一緒に狼狽える。  さっきまで喧嘩腰であった洸河も、「な、泣くなよ……、そんなに強く言ってないだろ……」と弱々しい態度になる。森塚はボロボロこぼれ落ちる涙をひたすら拭う。 「幸せになったんだな……、よかった……」  森塚は洸河の手を取ると真っ直ぐに見つめながら、「亜紗菜のこと、よろしくお願いします」と頭を下げた。 「え……あ、うん……そりゃまぁ、そのつもりだけど……」  面食らったまま洸河はゴニョゴニョと相槌を打つ。  その様子を見る限り、きっと根が悪い奴ではないのだと思った。本当によかった。彼女はずっとずっと、自分が幸せになってほしいと思っていた人間の一人だったから。だから森塚は、心の底から祝福をする。  そろそろ移動したいのだが、あいにく涙が止まらなくて、それどころではない。  ポロポロ溢れる涙を必死に拭い、なんとか止まった。情けない姿を見せてしまって羞恥心を感じるが、二人は戸惑いながらも気を遣ってくれているのが分かった。 「……ごめん、待たせた。これから二人で回る?少しだったら時間取れるから、案内できるけど」 「あ、私……彰人に話さなきゃいけないことがあるの」  亜紗菜は下を向いて、少し言いづらそうに話を切り出した。チラリと洸河を見ると、そんな話は聞いてないと言いたげな表情で森塚を見ている。そんな捨てられたような子犬の目で見られても……。 「困ったなー……、君を一人にするわけにも…………ん?」  茂みに誰か隠れている。しかも、自分がその方向へ向いたときに、サッと隠れる人間の影が見えた。 「アイツら~……」  障害物の隙間から周囲を纏うオーラがしっかりと覗いており、森塚の前では、隠れようと意味をなさない。 「お前ら、何してんだよ……」 「えへ、バレたぁ~?」 「バレるわ、普通に!……なに、珍しい組み合わせじゃん」  えへへ……とイタズラがバレた子供のように身を竦めているのは、邦枝兄弟、多紀、それからこのメンバーに混ざっているのは珍しい沖だ。 「えへへ……、ちょっとねぇ~」  明後日の方向を見るのは邦枝兄弟で、あとの二人は巻き込まれたのだろう。多紀は流されるタイプなので、ここにいる理由は分かる。  チラリと沖に視線を向けると、彼は気まずそうに苦笑いしながら、あはは……と後頭部をかいた。 「沖、嫌だったらはっきり言っていいんだぞ」 「あはは……、まぁ成り行きで一緒になったんだけど、森塚の友達だし悪い奴じゃないかなって」 「百歩譲って多紀はまともだけど、邦枝の二人はマジでヤバいぞ」  極悪非道の邦枝兄弟にバレないように、こっそり耳打ちする。 「彰人。その人たち、お友達?」  黙って一連のやり取りを見ていた亜紗菜が小首を傾げる。森塚がそうだと言う前に、伊月が「そうでーす!」とピースし、朝日も「以後お見知り置きを」と大げさに傅く。  キラリと亜紗菜の瞳が輝いた。 「彰人のお友達、紹介してほしいな」  キラキラと期待に満ちた視線に、いたたまれなくなる。しかも、邦枝兄弟がここぞとばかりに食いつき、囃し立てるものだから、余計に言いづらくなる。 「早く早くぅ。俺らのことどう紹介するか、知りたいな」  語尾にハートをつける伊月に青筋を浮かべながら、「……じゃあ、他の人らも一緒に」と観念した。何事も諦めが肝心である。

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