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「あれっ、勢揃いでなーにしてーんの、森塚」 「お疲れ。幼馴染とその彼氏が遊びに来てるから、案内してる。後ろはオマケ」 「へぇ、オマケが多いなー」  まずは自分のクラス、二年二組に向かおうとした道中で、クラスの宣伝パネルを肩に担いで闊歩する榎本と出会った。 「同じクラスの榎本。明るくてよく話しかけてくれる」 「なになに、褒めてくれてる?」 「んー……、あはは……」 「なんだよー」  こういうのって改めて口にすると恥ずかしさの方が勝る。お互い照れながら少し話してから手短に済ませ、榎本とは別れた。  昨日は顔を出さなかった四組まで通りがかると、カフェ衣装の吉原を見かけた。吉原も森塚の姿に気がつき、向こうから話しかけてくれた。 「お疲れさま、久しぶり」 「お疲れ。吉原は裏方なんだ?」 「そうだよ。森塚は……、すっごく楽しそう」  森塚の後ろを見た吉原は、クスッと笑った。 「あれだね……、えっと、あぁそうだ。ハーメルンの笛吹き男だ」  ひょっこりと顔を出している愉快な子供たちが悪戯な顔をしている。主に邦枝兄弟が。 「よかったら寄ってく?」と吉原は言うが、かなり忙しそうなので、話もそこそこに少し開けた場所へ移動した。  その後も顔見知りやら風紀の先輩・後輩のクラスやら、色々と見て回った。  近くまで来たし、と風紀室までこっそり案内する。 「お疲れー……」 「……あれ、なに、お前らここで何してんの」 「まぁ、ちょっと色々とな」  休憩時間中の彼には非常に申し訳ないが、チラチラとこちらを窺っていた亜沙菜へ日浦を紹介する。 「同じ委員会の日浦。頼り甲斐のあるやつだよ」 「あ?あー、どうも」 「そっちの奥で死んでるのが佐伯さん……、その隣が日下部と佐藤、どっちも顔死んでるけど、いいやつだよ」 「ほとんど死んでるな」  多紀が冷静に突っ込む。そう、風紀委員の仕事において、本来なら今が一番忙しい時間帯だ。無理を言って休憩をもらっているため、あまり長居するのも申し訳ない。  黒い隈をこさえた目をこすりながら日浦は亜沙菜に「どちらさん?」と問いかけた。ぺこりと頭を下げ、亜沙菜は「彰人がお世話になってます」と名乗りを上げる。 「彰人の幼馴染の、菊田亜沙菜といいます」 「おさななじみ……って、あぁ……そうか」  一人納得したように、日浦は頷いた。 「こいつはよくやってるよ。いつも元気だし、森塚は癖のある友達が多いから」  亜沙菜はその言葉に満足気に頷き、小さく笑った。その笑顔に森塚はホッとして息をつく。不自然じゃない、彼女の心からの笑顔を見たのは、もう何年も前になる。  知らず知らずのうちに張り詰めていた息を緩めると、ぐらっと視界が揺れ倒れそうになった。連日の疲れが中々とれないせいだろうか。 「森塚。こんな所でなにやってる」  山倉の声を聞いた瞬間、ピシッと背筋が伸びる。 「すみません、すぐに仕事に戻ります!」 「休憩時間に何をしようと個人の自由だ。そっちの二人は知り合いか?」  山倉の視線は亜沙菜と洸河に向けられている。 「あの、俺の幼馴染とその彼氏、です……」  突如現れた鋭い目つきの上級生に、洸河は萎縮しているが、亜沙菜は堂々とその通りです、と答える。ジッと二人が見つめ合うこと数分。山倉の方から「少し離したいことがある」と亜沙菜を連れて行く。 「…………アイツ、誰だよ」  山倉を警戒する目で見ていた洸河は、ついてこないで、と言い放った亜沙菜の言いつけを守り、代わりに森塚に静かに詰め寄った。 「風紀副委員長の山倉さん」 「絶対人間殺ってる目だろ、あれ!」 「お前……山倉さんになんてことを。確実に潰されるぞ」  頭を、と付け加えようとして、強い視線を感じた。ハッとして振り向くと、山倉の射抜くような眼差しが注がれていた。 「はぁッッッ……、ビビった」 「俺を盾にするなや」  冷静なツッコミに、笑ってごまかす。山倉と亜沙菜はまだ話があるようで、手持ち無沙汰な時間を潰す。 「仲良いんだな」という洸河の言葉に少し考えこんでから、そうかな、と呟いた。 「……まぁ、気にかけてくれてる自覚はあるし、ついつい甘えてるかな」  買いすぎたノートをくれたり、お下がりの教科書を譲ってもらったり、ご飯を奢ってくれたり、それこそ風紀委員会に入るきっかけを作ってくれたのだって山倉だ。多少雑に扱われたって、嫌いになんてなれない。こういう先輩になりたいなと思ったこともある。 「ま、俺の憧れの人だよ。あの人は」  風紀室にお邪魔して喋りながら待っていると、話が終わった二人がようやく戻ってきた。  その後も、ちょうどクラスの当番をしていた志木と遊馬、和泉や高野らと出会った。高野にお化け屋敷が怖かったと伝えると、「森塚たちと見た映画が役に立った」と笑っていた。  粗方回ったところで、じゃあそろそろ戻るかと切り出そうとした時だ。「あっ!森塚見つけた!」と大きな声が響き渡る。声の主を見た瞬間、心の中でゲッと思ってしまった。 「相良……」 「お前ぇ、ちゃんと怪我の状態見せに来いって言われたろうが!」 「えっと……でもまぁ、傷も塞がったし出されてた薬も使い切ったから、いいかなって……」 「それを判断するのは、俺ら保健委員だ!次同じことしたらタダじゃ済まさないからな!」  相良は森塚を見つけるやいなや、保健室に行くのをサボっていたことを咎めた。罪悪感は多少なりともあったのだが、不意打ちで食らうと、少し面倒臭いとも思ってしまう。  素直にごめんなさいと謝ると、「……別にいいけど」と口を尖らせた。心配してくれていることは分かるので、ありがたいことだ。ポカンとしている亜沙菜らに相良を紹介する。 「あ、そうだ。渡辺からなんか聞いてる?」 「? 何かって? 」 「『新聞部』としての」  渡辺。かつての親しかった友人の名前に、心が痛くなる。 「……ううん、何も」 「そっか。アイツも残念だよなー、高2まできて家の都合で退学なんて」  一連の騒動を知らない生徒側には、そう伝わっているようだ。相良は新聞部として活動はしているものの、控えめに関わっているだけのようだし、深い事情は知らないのだろう。  少ししんみりとした空気になりつつも、時間が許す限り文化祭を楽しんでもらった。 「それじゃ、もう終わり。そんな知り合いいないし、これで全員だから」と手を叩いた。  すかさず伊月から野次が飛ぶ。 「えー、俺たちのことは言ってくれないのぉ?」 「えー、ひっでぇの。いつも協力してやってんのにさー、薄情な奴だなー」 「お前らはさっさと係に戻りなさい。『邦枝兄弟がいない』って、俺のところに連絡が来んの!」  少し前からひっきりなしに電話がかかってくると思ったら、五組のクラス委員長からのもので、至急邦枝兄弟をこちらに寄越せ、とのお達しであった。 「じゃ、俺らのこと、ちゃぁんと紹介して」  上目遣いをする伊月に、朝日も悪ノリする。 「……ほんとに、…………朝日も伊月も子供っぽくて悪戯ばっかり考えてる奴だけど。ほんっとうに相手するの大変なんだけど、でもこんな飽きない奴ら、滅多に出会えるもんじゃないし」 「多紀だってゲームしてばかりだけど、お前が好きなこと話してる時って目がキラキラしてるから、面白くていい奴だって思ってるよ」  散々嫌がりながらも、ちゃんと言い切った。そこは褒めてもらいたい。 「えへ……」 「ねぇ、……えへへ」 「いや、超照れてんじゃん!」  それこそ森塚の比じゃないぐらい、朝日と伊月は顔を赤くして後頭部を掻いている。平然としているのは多紀くらいで、彼は意外と度胸があるのでこういうのはへっちゃらなのだそう。  かくいう森塚本人もいたたまれない気持ちになり、解散宣言をする。 「亜沙菜と話あるから、佐竹はちょっと席外してもらいたいんだけど、いい?」 「……別に」  素っ気ない返事だが表情は悪くないので、いいだろう。

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