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ご注文はラブですか? #3

――よかったら、俺と一緒に行きませんか? 鳴海に掴まれた手が、じんわりと熱くなる。 思わずビクンと小さく反応すると、心なしか握られる強さが増したような気がした。 それはまるで、逃さないとでも言われているようで…。 先程までの涼しげな顔はどこへやら。 どこか必死そうに見えるその姿には、少しだけ焦りが見えた。 ……え? ていうか、行くってどこへ…? 「何、あんたもバスで帰りたいの?」 バス停への道がわからなくて不安なんだろうか。すぐそこだし、来た道を戻るだけなんだが。 牧が頭の上にクエスチョンマークを出していると、鳴海が「違います」と首を横に振る。 「牧さんも、ワンキン一緒に行きませんか」 「え、何。そんなにワンキン行きたかったのか?」 「はい。行きたいです」 「それなら、今チケットあげただろ。それあれば無料で入れるから」 「二枚あります」 「じゃあ、誰か誘えば」 「そんな人いません」 「なら、二回行けるじゃん」 「初めてなので、一人で行くのは心細いです」 子供か。はじめてのおつかいに行く前の、子供か。 脳内でツッコミのナレーションが自然と入る。 そんな格好いいツラとイケボで、よくもまぁ恥ずかしげもなく堂々と言えたもんだ。故郷(ふるさと)のおふくろさんが泣いてるぞ。 もしかして自分だけ楽しむということに、負い目を感じているんだろうか。ただの社交辞令と思いきや、結構本気で誘いにきている気がする。 ……ていうかいい加減、手を離してもらいたいんだが。 繋がれた手をじっと凝視していると、気づいた鳴海が「すみません」と慌てて手を離す。 「あ…、チケット代。俺ちゃんと払いますから」 「どうせ無料でもらったやつだし、そんなのいらねえって」 「……牧さんは、ワンキン行きたくなかったんですか?」 「それ、は……」 鋭い質問を投げかけられて、言葉に詰まってしまう。 本当は、俺だって行きたいよ。 あんなに楽しい、夢と魔法の国は他にないんだから。 そう言いたくなるのを我慢して、ぐっと(こら)える。 楽しかった思い出は、頭からっぽだった高校生のときのものだ。人恋しくてたまらない現在(いま)とはわけが違う。 毎年ナーバスになるこの時期、この寂しい気持ちの状態のままあのリア充空間に突入するとなれば、いくら暗黒騎士だろうときっと心が(すさ)んで即ゲームオーバーを迎えてしまうだろう。 そんな臆病になってしまっている自分に気づきながら、強がって見て見ぬ振りをし続ける。 「……あ、あのさ。さっき、つっちーたちにも言ったけど。俺、今日これから用事あったんだよね。だからこんなとこで俺なんかに気を遣ってないで、早く別の誰かに声でもかけて連れてってもらえよ」 咄嗟に嘘をついた。用事なんか本当はない。 でも鳴海は、これで納得してくれるはずだ。 今は俯いていて地面しか見えないので、どんな顔をしているかはわからないけど。 「用事って、何ですか?」 「……え?」 「どんな用事なんですか?」 思いがけない切り返しに、牧は動揺する。 まさかそんなことまで深く追及してくるとは思わなかったからだ。 ヤバい。正直、そんな設定まで考えていなかった。 こっちが用事があるって言ったら、そうなんですねってあっさり引き下がるとこだろ普通は。 「えっと…。せ、整体……とか? あっ! そう、整体だよ整体! 先週納品の段ボールの数がやたら多くて、マジ体が凝っちゃってさぁ。マッサージ予約してたの、忘れてたんだよねー」 うわぁ。さすがにこれは無理があるかもしれない…と牧は冷や汗をかいた。 もう30だからいい年だしなー、なんて自分で言っておいて情けなくなってくる。 実際は、そんな予約すらしてしないわけだが。 でも納品の段ボールが死ぬほど来て、検品で疲れ果てたのは事実だし。 鳴海は牧のそんな苦し紛れの言い訳をずっと黙って聞いていて、何かを考えるような仕草をしていた。 しばらくして「わかりました」という返事が返ってきたので、ほっと胸を撫で下ろしていると。 「牧さんのマッサージは後で俺がするんで、その整体の予約はキャンセルしてください」 えっ。なんで、そうなるの? てか、マッサージするって何……!? 「いやいやいやいや…。俺は行かないって言ってるじゃん」 「じゃあ、俺も行きません」 ――だから、なんでだよ! 「牧さんが行かないなら、俺も行きません。チケットは、お返しします」 「バカ、お前……! 何もったいないことしてんだよ! いいから行ってこいって」 無料で貰ったからあげると言った自分のことは差し置いて、もったいないから使えと鳴海にチケットを押し返す。 行ったり来たりのやり取りですっかりぐしゃぐしゃになったチケットを見て、やがて鳴海はすっとその手を引いた。 「そう、ですよね……。やっぱり俺なんかと行くのは、イヤですよね。……牧さん、本当は女の子と行きたかったわけだし」 しつこくして、すみませんでした。 そう謝る鳴海の表情に一瞬陰りが見えたような気がしたが、すぐににっこりと笑った顔に戻った。 あれ…。もしかしてまた、いつもみたいにデリカシーない発言してしまったのだろうか。 昨日土田に言われてから、どうにも相手の気持ちに敏感になってしまっている。 違う。こいつを落ち込ませたかったわけじゃない。 「だから……。別に鳴海と一緒がイヤとか、そういうんじゃなくてさ…。つまり……その…」 ――あぁ、もう。なんて言えばいいんだ、クソ! うまく言えなくてオレンジ色の髪をがしがし掻き回すと、ブリーチをして少し傷んだ髪が視界の中でバサバサと揺れた。 「あー、ほら…。ここって、デートでぜひ来てねってとこだろ。公式もそう言ってるし」 「確かに広告で似たようなこと言ってますけど…。でも普通に友達同士で来る人も多いって聞くし、男だけでも別におかしくはないんじゃ」 「うん…そうなんだけどさ……。俺にとっては、恋人と一緒に回るのが夢だったっていうか。憧れっていうか…。次行くときは絶対デートで行くんだって、心に決めてて。だから、その…」 自分で言ってて、だんだん恥ずかしくなってきた。 いい年して夢とか憧れとか、何言ってんだ。 すぐそこにあるマンホールの蓋を開けて、穴に向かってキャーと大声で叫びたい。 耳まで真っ赤になる牧を見て、鳴海は安心したような表情を浮かべた。 「……なんだ、そういうことだったんですね。よかった」 「そういうこと、って…。こっちは冗談じゃなくて、マジで言ってんだからな、一応」 「わかってます。つまり、牧さんはデートだったら『ワンダー・キングダム』に行けるということですね?」 「うん…? まぁ、そうなる……のかな?」 実は自分でもよくわかっていないけど、多分そういうことで合ってるのだろう。 「それなら、俺とデートしませんか」 「……は?」 「デートということなら、問題ありませんよね」 うん。確かに、それなら問題はない。 ……じゃなくて! 男同士なのに、デートってどういうことなんだ。 ずっと、デートといったら相手は当然女の子だと思っていたからだ。 もしかして、男相手にもデートという言葉を使ってもよかったのか? 俺がただ、それを知らなかったというだけで…。 つまり三十路にして、またひとつ賢くなってしまったというわけだ。 え、それって凄くない? かしこさアップ? いやいや、今はそんなことは重要ではない。 つまり俺も、ワンキンへ行ってもいいのか……? 鳴海と一緒に。 デートで。 鳴海と、デート? デート……。 足りない脳みそを使ってそんな風にぐるぐる考えていると、鳴海は嬉しそうにくすりと笑った。 「難しく考えないで、牧さん。普通に男の友達とデートと思ってくれていいですから」 そうか。男と男のデートは普通なのか。 鳴海との関係は、ただの友達。うん。 …………あれ? なんで今、ちょっと残念に思ったんだろう。 得体のしれない感情が、心の隅をすっと通り抜けていった気がした。 「牧さん、大丈夫……?」 鳴海が心配そうに、ぼんやりとしている牧の顔を覗き込む。 慌てて「何でもない」と返事をして、先ほどの心のモヤモヤのことはすぐに考えないことにした。 「それじゃあ、行くか」 鳴海の背中をぽんと軽く叩いて、ようやく入場ゲートをくぐり抜ける。 一歩踏み出すと、そこは異世界だった。 正面には『ワンダー・キングダム』を象徴する城が出迎える。 水辺には園内を遊覧できる船が浮かび、遠くには魔王の潜む塔がそびえ立ち、ゴブリンの洞窟や、魔女の住む森まで見渡せる。 中に入れば魔法がかけられ、ここが日本であることを忘れてしまう。 「『ワンダー・キングダム』へようこそ!」 耳が尖った、エルフの格好をしたスタッフが来園した客たちに声をかける。 ドワーフやホビットなどのコスプレも豊かで、本当にゲームの世界へと入り込んだようだった。 バグパイプの音色の、ケルト音楽のようなメロディーがノスタルジックに響く。 ゲームみたいに小さな画面の中ではなく、視界いっぱいにファンタジーが広がっていて、空気の色さえ違って見えた。 ここでは、誰もが冒険者になれる。 牧は、久しく感じていなかった高揚感を抑えきれずにいた。 ――ついに、やって来たんだ。 隣を振り向けば。 楽しそうにはしゃぐ牧を見て、鳴海が眩しそうに目を細めていた。 そういうわけで。 男二人が織りなす恋の冒険の、はじまり、はじまり――…。

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