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ご注文はラブですか? #4
「鳴海、さっきのドラゴン見た? 火を吹くところなんか、すげえカッコよかったよな!」
「本当に、凄かったですね。作り物とは思えないくらいリアルで、びっくりしました」
牧と鳴海は見終えたばかりのショータイプのアトラクションの出口を並んで歩いていた。
外には『ドラゴン&ナイト』と書かれた、大きな看板。
凶悪なドラゴンに騎士が立ち向かっていくという、ファンタジーの王道をいく物語である。
途中、恋人である王女が離れ離れになっても、魔法の指輪に祈りを捧げてドラゴンの炎から騎士を守ったり、二人が再会するクライマックスのシーンではプロポーズが織り込まれたりと。
アクションだけでなくラブストーリーの要素もあると人気で、女性客にもファンが多いと言われる作品だった。
固い絆で結ばれている騎士と姫に憧れるカップルも多く、二人を描いたタペストリーの前で実際にプロポーズをして結婚する男女もいるくらいだ。
牧と鳴海はこれまでにも『ドワーフのトロッコ探検』という、炭鉱のトンネルをトロッコで進み鉱石を探す乗り物のアトラクションを体験済みで、そのほかにも西洋風な建築物が並ぶ街並みを散策したりと、『ワンダー・キングダム』の世界観を順調に満喫していた。
「牧さんは、次はどこへ行きたいですか?」
鳴海がそう言ってガイドマップを広げると、牧はムスッとした顔で口を尖らせた。
「……あのさぁ、なんでずっと俺に敬語なの?」
「え? でも、牧さんのほうが年上だし…」
「歳2コしか違わねーじゃん。んなもん誤差だよ、誤差!」
「えーと…じゃあ……」
「タメ語でいいよ、別に。もう友達なんだしさ」
「……友達」
「鳴海が言ったんだろ? 今日は俺たち友達としてデートなんだって」
「あ……はい。そう…でしたね。すみません…」
「ほらまた敬語! 俺は鳴海と、もっと仲良くなりたいと思ってるのにさ。なんか、距離感じるっていうか……」
だんだん声が小さくなっていき、牧はそんな子供っぽい要求に自分で照れたのか、そっぽを向いてしまった。
その仕草がなんだか小動物のようで可愛くて。
鳴海は本人にバレないように、くすりと笑った。
「それじゃあ、お言葉に甘えて……そうさせてもらおうかな」
そういうやり取りがあって、鳴海と牧の仲はまた一歩前進していった。
鳴海は年上を呼び捨てにするのは慣れてないということで、結局呼び方のほうは今まで通り「牧さん」のままだったが。
中央の広場を通り抜けようとすると、そこには存在感のある大きなクリスマスツリーが飾られていた。
ファンタジーの世界という設定でも、ハロウィーンやクリスマスなど、暦 やイベント事は現実世界に合わせているらしい。夢と魔法の国は、意外と商魂たくましかったりする。
昼間なのでまだライトアップこそされていないが、記念写真を撮る人々がここぞとばかりに集まっていて混雑していた。
ツリーの背後には『ワンダー・キングダム』の象徴でもあるお城が佇んでおり、ツリーと城を同時に写真に収められるということで人気のフォトスポットとなっているようだった。
道中、カップルらしき者たちがスマホ片手に肩を抱き合ってイチャイチャしているところに遭遇する。
普段の牧であれば「うっ…頭が」と謎の頭痛に襲われるところだったが、今日は不思議とそんなことは起こらない。
やはり友達同士とはいえ『デートをしている』というステータス効果のおかげなんだろうか。
牧は隣にいる鳴海を見つめ、感謝の眼差しを送った。
「どうしたの、牧さん。……俺の顔、何かついてる?」
「いや。鳴海がいなかったら今ごろ俺、暗黒騎士になってたところだったんだなぁって」
「え? 暗黒騎士…? いきなり何の話?」
「んー。こっちの話」
一人ウキウキとリア充集団の中をかき分け進んで行く。
しかし、日頃の運動不足がたたってか。
牧はベンチを見つけるなり、吸い込まれるように座り込んでしまった。
「あー…。なんか、足疲れた…。喉、乾いた…」
スニーカーを履いた足を、だらりと投げ出す。
園内をぐるり一周歩くだけでも数キロメートルはあろう茫洋 とした広さに、早くも音 を上げ始める。
体力が無尽蔵であった高校生の時はバカみたいに元気に走り回っていたが、今となってはそんなスタミナなどどこにもない。
空を仰ぐように顔を上げると、立ったままの鳴海と目が合った。
てっきり一緒に座るかと思いきや。
唐突に「お茶でいい?」と質問を投げかけられ、訳がわからないまま頷くと、「ちょっと待ってて」と一言残してどこかへ消えてしまった。
しばらくして戻ってきた鳴海の両手には、緑茶のペットボトルが二本。
さっき見かけたという自販機まで買いに戻ってくれたらしい。
「牧さん。あったかいのと冷たいの、どっちがいい? さっき聞くの忘れたから、一応両方買ってきたけど」
「……冷たいやつ」
はい、と渡され、礼を言いながら受け取る。
鳴海は特にこだわりがなかったのか、余ったほうのキャップを開けると、牧と並ぶようにベンチに腰を下ろした。
お互い喉を潤して一息つくところだが、牧は鳴海に対し、あるひとつの疑念を抱いた。
「――お前さ、絶対モテるだろ」
牧がそう言うや否や、鳴海はブフォッと音を立ててお茶を喉に詰まらせた。
いきなり何ですか、と言いたげな目をこちらに向けてくる。
ゲフンゲフンとむせて咳き込んでいるところへ、牧は更にたたみかける。
「今みたいにさりげなくお茶買ってきてくれたり、わざわざあったかいやつと冷たいやつ両方用意してくれたり、先に好きなほう選ばせてくれたりさ」
少なくとも牧は、過去にそんな風に優しい対応をしてあげられた試しがない。
たとえ一緒に遊んでた女の子が「喉乾いた」と言ってきても「じゃあなんか飲めば」としか返さず、おざなりにしていた。
当然、そんなんだから相手にもされない。
いや、今思えば自分のほうが相手にしていなかっただけかもしれない。
だからといって、無理して相手に合わせるというのも何か違う気がするので、そんな自分を変えようとは思ったことはないのだが。
ありのままの自分を好きになってくれればいい。
ただそれだけなのに、人はそれじゃダメだという。
「……ていうか鳴海は、最近までつき合ってた相手いたんだよな。なんで別れたんだよ?」
今朝ショーコが言っていた話をふと思い出す。
ひとつ疑問が出てくると、次から次へと出てくるもので。
鳴海はというとまさか理由を聞かれるとは思っていなかったようで、あからさまに困った顔になった。
こういう聞きづらい質問でもどんどん踏み込んでいってしまうのが、牧の性格所以 である。
「別れたのは……元々、相手のことが好きでつき合い始めたわけじゃなかったっていうのもあるけど。一番の理由は、俺の『好き』が重すぎたから……かな」
「はぁ? 何だよそれ」
好きでもないのにつき合ったけど?
それなのに、『好き』が重いから別れた……?
どういう意味なんだろう、と迷探偵マキは頭を傾 げる。
単に、はぐらかされただけなのだろうか?
「まぁ、実際俺がモテるかモテないかはともかく、さすがに誰にでも優しくできるわけじゃないよ。――デートの相手には、優しくしたいとは思うけどね」
まっすぐな熱い視線を向けられ、心臓の鼓動が跳ね上がる。
イケメンが真顔で恥ずかしい台詞を言うものだから、聞いているこっちまで恥ずかしくなってしまったのかもしれない。
自分で話を振ったものの、乱れた心拍数を誤魔化すため慌てて話を逸らす。
「そ…そういえばさ、鳴海の美容室ってどの辺にあるんだっけ?」
「ええと……あけぼの区の、黄昏町 ってとこで…」
「マジで? 俺、同じあけぼの区にある暁ヶ丘 の駅ビルに入ってる『invisible garden 』って服屋で働いてんだけど。結構近くね?」
黄昏町と暁ヶ丘は、モノレールで2駅くらいだ。
考えてみればどちらもショーコの行動範囲内にあるのだから、驚くことでもないのだが。
「牧さんの店、行ったことはないけど有名だよね。うちの若いお客さん、そこの服好きな人多いよ」
「へぇ、そうなんだ。黄昏町っていったら、昔つっちーの家があったから遊びに行ったことあったかも。あ、美容室の名前…何だっけ?」
「『meteorite 』。英語で、隕石って意味」
「へぇ。そんなカッコイイ名前の店、あったんだ。あの辺、やたら美容室多かったのは覚えてんだけど」
「今いる店はオープンしたの3年前だから、もしかしたら牧さんは知らないかも」
「そっか。つっちー住んでたの、5年くらい前だもんなぁ……。前は、鳴海もどっか別の店にいたんだろうし」
黄昏町は激戦区かというくらい、美容室が多いところだ。
しかし以前通りがけに立ち寄ってみた美容室もカットが微妙だった気がするし、土田も一年くらいで引っ越してしまったのもあり、それ以来訪れることはすっかりなくなっていた。
「……牧さんて、土田さんと仲いいんだね。職場だけじゃなくて、家にも遊びに行ったりするんだ」
「んー。別に、ただ店に入った時期がほとんど同じだからつるんでるだけだよ。歳は向こうのが上なんだけどね。でも家はたまにしか行かないかな、つっちー休みの日は彼女優先だし」
「そうなんだ。ショーコさんにも優しかったし、俺なんかよりよっぽど土田さんのほうがモテると思うけどな」
「えー、そうかな? 確かにつっちーも、一応モテるらしいってのはよく聞くけど。あいつ結構、口うるさいオカンみたいなところあるからなぁ」
牧は二人の間に置かれた、二本のペットボトルに目線を落とす。
冷たいほうは緑のキャップで、温かいほうはオレンジのキャップで…。
それぞれ蓋の色は違うけど、仲良さそうに並んでいる。
「――俺だったら。断然、鳴海のがいいけどなぁ」
ただ素直に、率直な意見を述べたつもりだったのだが……。
そこから急に会話のキャッチボールが途切れたので、お茶より上へと視線を戻してみると。
鳴海は、その目を大きく見開きながら静止していた。
「な、鳴海? どうした、またお茶が詰まったのか?」
大丈夫かと心配すると、鳴海は「何でもないです」と顔を背けてしまった。
後ろを向いた鳴海の耳が微かに朱色に染まっていたような気がしたが。
それはただの見間違いか、それとも――…。
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