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ご注文はラブですか? #5
『ワンダー・キングダム』のガイドマップには。
各ショーやアトラクション、ショップ、レストランなどの施設情報の他に、クエストという項目がある。
平たく言えばスタンプラリーと似たようなもので、パーク内各地に隠されたQRコードを全てスマホで読み取ると、記念メダルが貰えるというイベントだ。
「へぇ…。前に来たときは、紙にインクのスタンプ押してたけど。時代は変わるもんだなぁ」
おっさん臭いセリフがナチュラルに出てきて、牧はそんな自分に心底うんざりする。
ちなみにQRコードの設置場所は月ごとに更新され、年パス所持者でも何度も新鮮な気持ちで参加することができると評判が良いらしい。
また景品の記念メダルも定期的にデザインが一新されることから、熱心なコレクターもいるのだとか。
地図には該当エリアに印がつけられているが、あくまでもヒントというだけで、発見するためには実際に足を運んで探す必要がある。
なかなか見つからなくても、映画のセットのような風景を探索するだけでも楽しめるとライト層にも人気があった。
その宝の地図によるとお宝は全部で3つあって、それぞれ『精霊の滝』『ゴブリンの洞窟』『魔女の館』のエリアのどこかに隠されているようだった。
「まず最初は、ここから近い『精霊の滝』がいいかもな」
それでいいかと牧が鳴海に尋ねると、特に異議はないらしくあっさり決定となった。
『精霊の滝』は滝のある川を加速と急降下をしながらスリルを味わうという、パーク内随一のスピードタイプのジェットコースター系アトラクションだ。
二人はスマホを取り出し『ワンダー・キングダム』のアプリをダウンロードすると、まずは会員登録のページに飛ぶ。
パンフレットの説明によると、簡単なプロフィールを登録するとマイページにスタンプ帳が表示され、クエストに参加することができるのだそうだ。
「すげー、見ろよこれ。ニックネームのほかに、職業まで設定できるってさ」
職業というのはゲームでいうところの俗に言うジョブと呼ばれるもので、騎士 、魔法使い、狩人、盗賊 、狂戦士 、僧侶といった名前が続いていく。
種類は戦闘職だけに留まらず、リストを更にスクロールしていくと、村人、商人、鍛冶屋、貴族、王様、姫、犬、猫、モンスター…と、もはや何でもアリとまできている。人外のものまで混ざっているのは何故なんだ。とりあえず思いついたものを片っぱしから項目にしました、とでも言いたげなラインナップだ。
とはいえプロフィール設定はクエストの本筋とは何ら関係はなく、ただ好きな職業になりきって探検を楽しもうというコンセプトだけのためにつくられた、単なる遊び心らしい。
「職業とかよくわからないから、俺のやつは牧さんが決めていいよ」
「ええ〜っ! 俺もまだ何にするか迷ってんのに。そんなん適当に好きなやつ選べよ、もう」
特に意味はないものだとはわかっているものの、なんだかんだで悩んでしまう性分 である。
文句を言いながら、にらめっこしていたスマホの画面から視線を離すと。
びゅうと一際 強い風が吹き、目の前にいる鳴海の髪がふわりと揺れた。
サイドにわけていた前髪が視界を邪魔したのか。手でかき上げて戻そうとするその仕草がなんだか色っぽい。
最初に会ったときも思ったけど、見れば見るほど自然なウェーブだなぁと見惚 れてしまう。
「……鳴海ってさ、その髪すごい似合ってるよね。いい感じにパーマかかってるっていうか。美容師だから、スタイリングが上手いってのもあるんだろうけど」
思わず手を伸ばして触れてみると、鳴海が一瞬ビクッと僅かに体を震わせた。
「あ……ワリぃ。驚かせて」
すぐにパッと離すと、向こうもなぜか「すみません」と謝った。
鳴海が珍しく下を向き、緊張した面持ちで、言いにくそうに口を開く。
「実はこれ……。パーマをかけたわけじゃなくて。ただのくせ毛というか…、天パなんです……」
天パ。
いわゆる、天然パーマの略称である。
しかしなぜ、そんなに気まずそうに言うんだろうか。
別に「パーマをかけるとこんな素敵な髪型になります!」と嘘をついていたわけでもないのに。
「でも、似合ってるから別にいいじゃん。むしろ、パーマ代かかんなくてラッキーってなるけどな、俺だったら」
「羨ましい」とただ思ったことをそのまま口にすると、鳴海がはっと顔を上げた。
それから、徐々にその瞳に安堵の色を宿していく。
「実は、子供のころ……この髪のせいで『ワカメ』とあだ名をつけたれたり、悪口を言われたことがあって。それで、自分みたいなくせ毛で悩んでる人の助けに少しでもなりたくて、美容師になったんですけど」
――ワカメ?
これがワカメだと言うのなら、随分おしゃれなワカメがいたもんだ。
「……俺は、ワカメ好きだけどなぁ」
思わず、ぽつりと零れた言葉。
ワカメは好きだ。味噌汁に入っているのも、ワカメごはんも大好きだ。
――あれ? こんな話、前にもどこかでしたような……。
どこでだっけ。
頭の中で何かが引っかかっていると、鳴海の優しい声が牧を包む。
「ありがとう。そう言ってくれるのは、牧さんだけだよ――…」
そう言って、鳴海は顔を綻ばせた。
牧は一人、人混みを縫って早足で歩いていた。
目的の建物はそこにあるというのに、なかなか辿り着くことができなくて、もどかしさが募る。
「クソ。やっぱ、さっき調子こいてお茶ガブ飲みしたのがマズったなー…」
さっき鳴海がトイレに行くと言ったときに、自分もついていけばよかったと後悔する。
尿意が近いこともそうなのだが、外で鳴海を待たせているので、さっさと済ませて早く戻りたいという気持ちが急いだ。
それにしても、やけに人が多い。人気の『精霊の滝』のエリアだからだろうか。
クエストのスポットだということも考えれば、混雑するのも当然か。
やっとの思いで群衆から抜け出し、ようやくトイレ手前というところで、今度は公然とイチャつくカップルに出くわしてしまう。
人前だろうがお構いなしに、ベタベタと抱き合い、ご丁寧にちゅっちゅとキスまで披露してくれる。終 いには、「愛してる」なんて言って見つめ合って完全に二人の世界に入ってしまっていて。
その一部始終を目撃してしまった牧は、久々に『リア充アレルギー』の症状が出た。
例のスイッチが、カチッと音を立ててオンに変わる。
リア充爆発しろリア充爆発しろリア充爆発しろ――…。
爆破ボタンがあるとするならば、今すぐそのボタンを連打してくれよう。
先程まであれほど穏やかだった精神が、どんどん暗闇に染まっていく。世界を混沌とさせる魔王の気持ちが、今ならほんのちょびっとだけわかる。
今日は自分もデートをする側として来ているはずなのに、なぜこんなにも心にモヤがかかってしまうのか。
理由は、薄々わかっていた。
――あいつらは恋人で、俺たちはただの友達だからだ。
どんなに頑張っても、その差が埋まることはない。
土田が友達よりも彼女を優先するように、もし鳴海にも彼女ができてしまったら牧のことなどはどうでもよくなってしまうに違いない。
一緒にいると、楽しすぎて。そんな簡単なことも忘れてしまっていた。
今日初めて出会い、同時に名前を女に間違えられて、他に行く相手がいないからとデートに誘われて。
考えてみれば、その程度の関係でしかないのだ。
もし、鳴海に自分より優先順位が高い相手が現れた時点で、そこで終わりなんだ。
「……あの〜。トイレ、入りたいんですけど」
背後からの声に、はっと我に返る。
驚いて振り返ると、知らない男の人が困った顔をして立っていた。
気づけば、男子トイレの入り口を塞ぐように立ち尽くしてしまっていたようだ。
「あ、スンマセン……」
反射的に道を譲ったところで、牧もこのトイレに用があったことを思い出した。
そうだ、くだらないことを考えてる場合じゃない。
牧は前の人を追いかけるように、駆け足で中に入っていった。
鳴海の元へ戻ると、なぜかそこには知らない女が二人いた。
「よかったら一緒に、クエスト回りませんか?」
「私たち、ワンキン来るの今日が初めてで……」
牧はその状況を瞬時に把握できず、すぐには声をかけないで少し距離を置いて様子を窺う。
鳴海は牧が近くにいることに、まだ気づいていないようだ。
ソテツの木をぐるりと囲った石垣に腰を預ける鳴海の前には、20代前半と思われる若い女が二人。
その目は獲物を捉えんとするハンターの如く。職質をする警官のように立ちはだかり、しっかり鳴海の退路を塞いでいる。
逆ナンだ。しかも、手慣れている。
顔は化粧で誤魔化しているところが大きいが、それなりに可愛いようだ。
もし、ここで鳴海が牧ではなく女の子のほうを選んだとしたら――…。
……ズキン。
想像しただけで、頭にヒビが入ったように痛い。
自分がただの間に合わせの存在だということを、否応なしに思い出してしまう。
「俺も来るのは今日が初めてだから、何も教えてあげることはできないよ。ごめんね」
鳴海が困ったような笑顔で答えた。
……よかった、断ってくれた。
しかし、牧がほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。
そんなイケメンスマイルを見た彼女らは、逆に「こんな上玉絶対に逃がすものか」と闘志に燃えたらしく。
「それでも全然大丈夫」とまだまだ粘り強く食い下がる。
いいから、さっさと諦めろ。
牧はだんだん苛立ち始めていた。
「……悪いけど、連れを待ってるから」
鳴海のその一言が決定打となったのか。
「なんだ、カノジョ持ちか…」と二人はすっかり意気消沈したようだ。
一人悦 に入 った牧は、そこで満足気に鳴海たちの間に割って入っていった。
「お待たせ、鳴海!」
女の子よりも、自分を選んでくれたのが嬉しい。
そう思って勝ち誇ったニコニコ顔を隠すことなく姿を表したのだが、鳴海はそんな牧を見るなり明らかに困惑していた。
――え、何で……?
「なぁんだ。連れって彼女じゃなくて、男の人だったんだ?」
「えっ。しかもこっちの人もめちゃくちゃカッコよくない? ヤバ…!」
「うちらも女子二人だし、人数ちょうどいいかもね」
「四人で一緒に回る? それとも、二手に分かれていきなり二人きりになっちゃう……?」
鳴海に断られてさっきまで沈んでいたはずの女二人のテンションが再沸騰し、牧はぎょっとする。
鳴海はというと、女たちと牧を交互に見やると、更に眉根を寄せた。
……さっきから何なんだよ、腹立つ。
もしかして鳴海は、やっぱり男の牧ではなく女の子とデートしたいとか言うんじゃなかろうか。
邪魔な自分が現れたから、嫌そうな顔をした?
ただでさえリア充なんて見るのも嫌なのに、鳴海が誰かとラブラブしてるとこなんか、想像もしたくもない。
――ズキン。
また、頭が痛くなる。
痛いのは頭のはずなのに、なぜか今度は胸までぎゅっと苦しい。
「……牧さん、あの」
鳴海が何かを言いかけようとして、聞きたくなくて近くにあったゴミ箱をガン!と激しく蹴り飛ばす。
さっきまでキャーキャーうるさかった女どもが、しんと静かになった。
鳴海の胸ぐらをコートごと掴んでその体を引き寄せると、その左腕を抱きしめるように拘束し、それから硬直している女たちに向かって威嚇する。
「――こいつは、俺の彼氏なの。手ぇ出してんじゃねえよ」
わかったらとっとと失せろ、ブス!
所有物宣言と暴言を一通り吐き終えると、ドン引きした二人は「なにアレ、こわーい」「もういいよ、あっち行こーよ」とあっという間に退散していった。
手を緩めて鳴海を解放してやるも、牧は未だに口をへの字に曲げたまま不機嫌で。
牧さん、と戸惑いながら手を伸ばそうとする鳴海を、キッときつく睨みつける。
「……何なんだよ」
「え…?」
牧の消え入りそうな声を、鳴海は取りこぼさないように慎重に聞き返す。
「お前は今、俺とデートしてるんじゃなかったのかよ」
……それなのに、よそ見なんかして。
本当、ムカつく。
俺だけを見てろよ。
一度何かを与えられてしまうと、それだけじゃ物足りないと、人は強欲になる。
『友達』よりも、もっと上の――…。
「……なぁ。さっきお前の職業 、俺が決めていいって言ってたけど、アレまだ有効?」
アプリの会員ページにあるプロフィール。
そういえば職業の項目は、まだ空白のままだった。
「今日一日だけでいい。俺の『恋人』になってくれ、鳴海」
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