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ご注文はラブですか? #8
「こちらが、報酬のメダルです。クエストクリアお疲れ様でした」
受付嬢のお姉さんが、にっこり笑顔で銀色の硬貨を二枚、カウンターの上にあるトレイに置いた。
背後の壁にかけられたプレートには『冒険者ギルド』の文字。
ギルドと名乗るこの施設は一般的な言葉で言い換えるならばインフォメーションで、この『ワンダー・キングダム』の総合案内をするだけでなく、クエストの景品交換の場も兼ねていた。
提示したばかりの牧と鳴海のスマホの画面には、クエストで獲得したスタンプが3つ表示されている。
それは、無事パーク内に隠されたQRコードを全て集めた証でもあった。
剥き出しで出された小さなメダルを受け取り、それを感慨深く眺める。
表 面には、鳥が翼を広げている姿が。そして裏面には『ワンダー・キングダム』のロゴが刻印されている。
表に描かれている鷲 は『ドラゴン&ナイト』に出てくる騎士団の旗にも使われているもので、仮初めの職業だが『騎士』と『姫』である二人にとって、その報酬は更に価値のあるものに思えた。
あれから、残りの二つのQRコードを探し当てるまでにかなりの苦労を強 いられた。
ひとつは『ゴブリンの洞窟』エリアにあるトーテムポールの裏側に。
そして最後のひとつは、『魔女の館』エリアの森の中にある切り株の年輪の中心に隠されていて、どちらも注意深く見ていないと通り過ぎてしまうような場所にあった。
ネットで検索すれば「ワンキン最新クエスト攻略」と称してQRコードの情報が画像つきですぐにわかるのだが、牧がどうしても自分たちの力でクリアしたいと譲らなかったこともあり、あちこち駆け回ってなんとか意地と根性だけで達成したのだった。
近くを通りかかったこともあり、ついでに『魔女の館』にも立ち寄ってきた。
かいつまんで説明すると、お化け屋敷のようなテイストのホラー系アトラクションだ。
「悪い魔女が住む洋館から脱出する」というストーリー設定のもと、次々と追いかけてくる魔の手から逃げるように、二人掛けの魔法のソファに乗って出口を目指していく……という内容なのだが。
それがまた演出にやたら凝っていて、初めて体験する鳴海が震え上がったのはもちろん、二度目であるはずの牧ですら涙目になったほどの恐怖だったという。
特にラストで魔女がほうきに乗って追いかけてくるシーンでは、レールの上を滑るソファがくるりと180度に回転して後ろ向きに走行しながらギリギリの攻防を繰り広げられるという、ハラハラドキドキの展開が用意されている。
『精霊の滝』といい、『ワンダー・キングダム』の乗り物は心臓の弱い人には向かない。
魔女の人形もクオリティが高すぎて、夢に出てきそうなくらい不気味なビジュアルになっており。正直大人でもちびりそうになるくらいなので、子供が見たら泣いてしまうこと間違いなしである。
そういう点も含め、『ワンダー・キングダム』は大人向けと言われているのだろう。
景品のメダルを手に入れて外へ出ると、すっかり日が暮れようとしていた。
終わりかけの線香花火のような夕日が地平線へと落ちていき、夕闇が反対側の東の空を徐々に濃いグラデーションへと染めていく。
気温も下がってきているからか、昼間よりも風が冷たい。ピアスをした牧の耳に、つーんと痛みに似た感覚が走る。
ポップコーンのおこぼれをもらいにきていたスズメたちも、どこかにある巣へ帰ろうとしてるのか、オレンジがかった空の向こうへと飛び立っていった。
「そういえば、鳴海は明日休みなんだっけ?」
「いや、残念ながら遅番で入ってる。牧さんは?」
「同じ。俺も遅番」
「お互い、朝ゆっくり寝ていられるのが救いかな?」
明日は筋肉痛になってそう、と言いつつも鳴海はどこか楽しそうだ。
しかし合間に小休憩を挟んできたとはいえ、この広大な王国の領地を端から端まで歩き回ってきたので、そろそろ疲労した足が限界を訴えてきている。
代わりがきくアパレル店員の牧はともかく、美容師である鳴海は予約客のためにも休むわけにもいかない。
「じゃあ。最後にワンキン城だけ行ったら、終わりにするか」
「あの城、中に入れるんだ? 行ってみたいな」
城というのは、パーク中心部にそびえ立つ『ワンダー・キングダム城』のことで、通称ワンキン城とも呼ばれている。
『ドラゴン&ナイト』の登場人物である姫が住まう王城という設定で、その恋人である騎士が属する騎士団もそこにあるという。
城内に足を踏み入れてみると、一瞬で鳥肌が立った。
入口では銀色の甲冑が出迎え、大広間には重厚な絨毯、その先には玉座が二つ。
きらびやかな装飾は一切ないが、荘厳さがそこにはあった。
騎士団の訓練場とされる部屋には、クエストのメダルと同じ鷲をモチーフにした旗が掲 げられていた。
天井はとても高く、そのあまりの広さに空調が効かないのか、それとも元々入れていないだけなのか。触るとひやりと冷たさを伴う石造りの壁も手伝って、室内なのにコートを脱ぐことができない。
ショーやアトラクションこそないものの、実在の城をモデルにリアルに再現されていることもあって、展示を見て回るだけでも結構楽しい。
他のエリアに比べるとさすがに人の数は少ないが、『ドラゴン&ナイト』ファンには聖地のような場所らしく、見渡すとグッズ片手にはしゃぐ女子たちや腕を組んで歩くカップルの姿などもちらほらと窺えた。
ある男女の横を通り過ぎたときなんか、まだつき合う前だったのか、男が「好きです」と愛の告白をしている場面に出くわしてしまった。ロマンチックなムードも手伝ってか、女のほうも頬を赤らめながらイエスの返事で答える。
初々しいカップル誕生の瞬間を目撃してしまい、牧も思わず胸がドキドキしてしまった。
「ほら、あそこに階段あるだろ。そこから上に登れるらしいんだ」
城のはずれにある階段を牧が指で示し、鳴海もその後に続いていく。
物見の塔には展望スペースがあって、『ワンダー・キングダム』を一望できる数少ないポイントのひとつだった。
ただ、螺旋状になった階段は頂上までの運動量が半端なく。軽い気持ちで行くには結構しんどいと、わざわざデートコースに組み込む者は少ない。
現に、塔の中に入ってみても他に人の気配はしなかった。
息を切らしつつ、なんとか登りきると。
ガラスのない縦長の窓の向こうには、絶景が待っていた。
夜になって各エリアがライトアップされ、昼の風景とはまた違った幻想的な世界がそこにあった。
城のすぐ前には、イルミネーションがチカチカ点滅するクリスマスツリーがその存在感を増している。
夜空にはキラキラと宝石の欠片のような星が散りばめられ。
遠くで歌って踊る者たちの楽しそうな声が、微かに耳に届いた。
「凄い……」
「だろ? ちょっと階段きつかったけど、帰る前にこれだけ鳴海と見たかったんだ」
帰る、という言葉をする度――。
もうすぐこの期間限定の恋人という関係に終わりが近づいているということを、嫌でも感じ取ってしまう。
シンデレラは夜の12時に魔法が解けるというけれど、自分たちの場合は一体何時なのだろう。
「牧さん、どうかしたの……?」
ぼーっとしていたら、鳴海が心配そうに牧の顔を覗き込む。
くせ毛だというウェーブがかった髪の毛が、風でふわりと揺れるのが見えた。
「何でもない、ちょっと疲れただけ」と慌てて取り繕って、誤魔化す。
鳴海の顔を見るのがなんだか恥ずかしくなって、窓の横にある壁へと視線をずらすと、よく見ると小さな張り紙がしてあるのに気がつく。
そこには『ワンダー・キングダム』の騎士と王女が、この場所で愛を語り合ったということが書かれていて。
「へぇ。あの二人、ここでデートしてたんだ……」
身分の違う二人は、どんな気持ちで愛の道を選んだのだろう。
そんなことをぼんやりと考えていると、その下にはまだ文章が続いていることに気がついた。
『特別クエスト』と書かれたその先には……。
「――恋人の二人は、ここでキスをしよう」
鳴海の少し低くて心地良い声が、その内容を読み上げる。
弾かれるように振り返ると、鳴海がそのクエストの用紙を真剣な表情で見つめていた。
「クエスト、って……」
牧は戸惑いを隠せずにいた。
スタンプを集める以外にクエストがあるなんて、聞いていない。
しかも、キスだなんて――…。
そこで、『ワンダー・キングダム』がカップルをメインターゲットにしていることを思い出した。
こういうサプライズが、きっと訪れる者の恋を盛り上げているのだろう。
「クリアするには、キスしないといけないんだって」
「でも……恋人の二人は、って書いてあるし…」
「俺たち、今日は恋人同士なんだよね?」
「それは…そうだけど」
「職業も騎士と姫だから、丁度いいんじゃない?」
「ちょ、丁度いいって……」
何が、と言おうとして、言葉に詰まる。
鳴海の熱い眼差しが、牧をまっすぐ捉える。
いつものように優しげな顔と、どこか違う。
牧の鼓動は徐々に速度を上げていき、大きな音になってうるさい。
山吹色をしたランプの光が揺らめいて、二人の空間を静かに照らす。
どうしていいかわからず逃げるように一歩ずつ後ろへと下がるも、すぐに背中が壁についてしまい。
あれ…。ここって、こんなに狭かったっけ……。
「牧さん……」
すぐ目の前には、鳴海の整った顔。
物欲しげなその表情は、どこか切なさで歪んでいるようで……。
鳴海が壁に手をつくと、その腕に閉じ込められるような形になってしまって、牧は身動きがとれなくなる。
「なる、み……?」
いつの間にか、鳴海の顔がすぐそこまで迫っていた。
コートを着ているはずなのに、硬い石の壁に触れた背中が冷たくて。
お互いの吐息の温度だけが、唯一熱を帯びていた。
「牧さん…。俺とキスするの、嫌?」
やっていることは大胆なくせに、今更そんな臆病な質問を投げかけてくる。
「嫌じゃ、な――…」
嫌じゃない。
そう、言おうとしたのに。
途中で言葉を塞がれてしまって、最後まで伝えることはできなかった。
唇に何かが触れた感触があって、それが鳴海のものだと少し遅れてから気づく。
牧が目を瞑り、鳴海のコートの襟をぎゅっと掴むと、更に口づけが深くなっていった。
「ん…っ」
鳴海の舌がぬるりと入り込んできそうになったとき。
階段の下から、がやがやと話し声が聞こえてきた。誰かが塔の中に入ってきたのだろう。
牧は、体をビクンと大きく震わせた。
すると、鳴海の顔がスッと離れていき。
「……これで、クエストクリアですね」
それだけ言うと、すぐに後ろを向いてしまって。
今、鳴海がどんな顔をしているのかわからなくなった。
カーン、カーンと鐘の音が鳴り響く。おそらく、現在の時刻を知らせるものだ。
自分たちの魔法も、そろそろ解けてしまうのか。
牧は指先で唇をなぞると、離れたばかりの鳴海の感触を追いかけていた。
一日限定の恋人契約。
その期限が、もうすぐ終わろうとしていた――…。
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