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ラブ、大盛で #1
「昨日は本当、ごめんな…! 俺とショーコちゃん、まさかお互い紹介する相手が男だったなんて思わなくってさ……」
店のバックヤードに足を踏み入れると。
出勤した牧の姿を見るなり、同僚の土田が申し訳なさそうに手を合わせて謝罪を始める。
「これ、俺とショーコちゃんから」と土産の入った袋を手渡され。中を確認すると、『エルフのりんごタルト』と書かれた焼き菓子の箱が入っていた。
最初、何のことかわからなくて牧は目をぱちくりさせるが。
そういえば土田たちとは、そんな話のまま別れていたことを思い出した。
昨日。
土田とその彼女であるショーコの紹介で、『ナルミちゃん』という美容師の女の子とデートをするため人気の大型テーマパーク『ワンダー・キングダム』へ向かったところ。
なんとその相手というのが、鳴海という名前の男だった。
向こうもまた牧のことを『マキちゃん』という女の子だと思っていたらしく、二人とも名字の響きから女性の名前に間違えられたということが判明し。
一時は、デートは中止かと思われたのだが……。
「別に気にしてないからいいよ、つっちー」
「でも牧、あの後すぐ帰ったんだろ……?」
「いや。やっぱりあれから、ワンキン行ったんだ」
「……マジで!?」
土田は酷く驚いた。
あの寂しがりやで『リア充アレルギー』の牧が、クリスマスシーズンのデートスポットに単身で乗り込むとは夢にも思わなかったからだ。
「……ひ、一人で行ったのか?」
「違うよ。鳴海と二人で」
「えっ! 鳴海くんて、あの鳴海くんと…?」
「そう。二人でデートしてきた」
「デート…!? 男二人で……?」
「うん。せっかくだから一緒に行こうって、言ってくれてさ」
「そ、そうか…。鳴海くん、優しそうだったもんな……うん」
「でね。俺たち、つき合うことになったから」
「…………うん?」
「つっちーとショーコちゃんは恋のキューピッドみたいなものだから、一応お礼しとこうと思って。よかったらこれ、二人で食べてね」
はい、と先ほど土田があげたものと同じデザインのビニール袋を鞄から取り出す。
牧が「お土産」と言って渡してきたその袋には、見覚えのある『ワンダー・キングダム』のロゴがあり。
土田は未だ理解が追いつかず、手渡されたばかりの袋と牧の顔を交互に見比べる。
「え、ちょ…っ。つき合うって、何、どゆこと?」
「だから。彼氏ができた。昨日会った美容師の鳴海ちゃんが、今は俺の恋人」
土田が、信じられないと言いたげな顔で牧を見る。
普段から彼女が欲しいとしつこいくらいに言っていたので、恋愛対象はてっきり女性とばかり思っていたからだ。
それともついにアレルギーをこじらせ過ぎて、妙な妄想で現実逃避でもし始めたか。
いや、妄想するにしても相手にわざわざ男を選ぶのは変だし、かといって冗談を言っているようにも見えない。
ミスをした土田たちに気を遣って嘘をついてくれているのかとも思ったが、どうやらそういうわけでもなさそうだ。
「……そか。良かったな、牧」
二人の間に、何があったのかはわからないが。
ムフフと幸せそうな顔をする牧を見て。土田は、とりあえず今は「おめでとう」と素直に喜んであげることにしたようだ。
「そういえば、向こうでつっちーたちに全然会わなかったね」
「そりゃ、あれだけ人がいればなぁ……。あ、袋の中、見てもいい?」
「いいよ」
土田が袋を開けてみると、『美しい森の年輪』と書かれた美味しそうなバウムクーヘンが入っていた。
ただしパッケージには、あのホラー系アトラクション『魔女の館』に出てくる老婆の顔が迫力満点で描かれていて。
「ちょっ…おま、俺のトラウマを呼び覚ます気か……!」
「あ、つっちーたちもアレ乗ったんだ。マジ怖かったよなー」
嫌がらせか、と言いたくなるような土産はひとまず置いておいて。
こんなに晴れやかな牧の笑顔を見るのは久しぶりだった。
やはり『リア充アレルギー』には、恋人をつくることが一番の特効薬だったようだ。
さすが、どんな恋も成就させると噂の『ワンダー・キングダム』。
まさか男と男も結びつけるほどの力を持っていたとは……恐るべし。
「あ…、つっちー。明日の夜、鳴海と会う約束してるんだけどさ。このりんごタルト、鳴海にもあげてもいい?」
「それは構わんけど。鳴海くん、仕事で疲れてるんじゃないのか。あんまり遅くまで振り回すなよ」
「大丈夫。また一緒に牛丼食べるだけだし」
「……はぁ。牧、お前。いい加減ディナーで牛丼屋とかやめろって」
「え、なんで? 鳴海も牛丼好きだって言ってたけど」
「そりゃ、男同士ならそういうのあんま気にしないかもしれないけどさ。でも、つき合いたてってもうちょっといい雰囲気っていうか、二人きりになりたいってなるもんじゃないのか」
「なるほど……」
食べ物が問題なのではなく、雰囲気づくりが重要なのだと。
さすが恋愛のプロの言うことは一味違うと、日頃からデリカシーが云々と言われ続けている牧は、感心するほかなかった。
「まぁ男相手の場合はどうか知らんけどな」と土田はつけ加えるが、もう牧の耳には届いていないようで。土田に貰った土産と睨めっこをしながら、ぶつぶつと何やらひとりごとを言い始めていた。
コンコン、と軽いノックの音がして。売り場へと繋がる扉がガチャリと開く。
「つっちー、マッキー。そろそろ遅番の朝礼やるから、店長が準備できたら来いってさ」
女性スタッフの川本がバックヤードの中に入ってきて声をかける。
手にはタグの束を持っていて、これから今日売れた商品をストックから探す作業をするつもりらしい。
土田は時計を確認してから「ほら、行くぞ」と振り返るが、既にそこには牧の姿はなく…。
「かわもっちゃん、1番まだでしょ。商品補充なら朝礼終わったら俺がやっとくから、先に休みなよ」
ひょい、と川本の持っていたタグの束を奪うように掴むと。牧は鼻歌を口ずさみながら、売り場へと向かって行った。
1番というのは昼休憩のことで、接客業などによくある隠語である。
そんな牧の後ろ姿を見送りながら、取り残された川本は一人呟くように言う。
「え、何あれ珍しい…。あのマッキーが、なんか気持ち悪いくらい親切なんだけど……?」
川本の気持ちもわからなくもないと、土田は思った。
『リア充アレルギー』真っ盛りであった最近の牧は、彼氏持ちや彼女持ちに対するジェラシーを持て余していたからだ。
それが、自分にも彼氏ができた途端にコレである。
「うーん、なんて単純な奴なんだ。このまま、今日の納品で来る7パッキンも、全部あいつに捌 いてもらうか……」
呆れるように、土田が頭を掻く。
けれど、なんだかんだ言いつつも。
眉尻を下げながら、その顔に微笑みを浮かべていた。
*
「はぁー、やっぱ仕事帰りの牛丼は格別だわ」
「牧さん。牛丼もいいけど、たまには野菜も食べないと」
「あー、タマネギ入ってるから大丈夫」
「サラダとか、サイドはつけないの?」
「毎回色々つけてたら高くなるじゃん。だから俺はいつも、腹一杯になる大盛つゆだくオンリーなの」
「じゃあ今度俺がサラダ奢るんで、野菜もちゃんと食べてください」
「マジで? それなら食う」
そんなやり取りをしながら一昨日 来たばかりの牛丼屋を出ると、牧は鳴海と肩を並べて歩き出す。
店の前にあるスクランブル交差点で早速引っかかるが、いつも待ち時間が長くてイライラする赤信号も、今日は可愛らしいりんごに見えた。
こっそり鳴海の横顔を盗み見ようとしたら、すぐに目が合って柔らかな笑顔を向けられてしまう。こんな爽やかなイケメンが数分前までチェーン店の安い牛丼を食べていたなんて、一体誰が思うだろう。
鳴海と会うのは、『ワンダー・キングダム』でデートした日以来だ。
今日は二人とも早番の日で、比較的早い時間に待ち合わせることができた。
夕飯を一緒に食べようという名目で鳴海にこの暁ヶ丘まで来てもらったので、本来の予定ではここで解散ということになるのだが。
「あのさ、鳴海。……今から俺ん家、来ない?」
「え……」
「昨日つっちーがさ、ワンキンのお土産くれたんだ。りんごのタルト」
一緒に食べない? と牧が聞いたところで、信号が青へと変わる。
人が横断歩道を縦、横、斜めと文字通り縦横無尽に渡り始める。
鳴海の返事がなかなか来ないので、牧は未だに牛丼屋の前から動けずにいた。
鳴海がこのまま帰るならまっすぐ駅へ向かうのだが、もし牧の家へ寄る場合は渡る方向が違うからだ。
――あれ? もしかして、また角が立たない断り方でも考えて悩んでるんじゃ…? 実は、タルトが苦手だった? それとも、ダメなのはりんごの方? そもそも、俺ん家に来たくないとか? あ、俺と二人きりになりたくないのが理由だったら、凹むかも……。
牧が僅か2.5秒の間に、色んなことをぐるぐる考えていると。
「……牧さん家。…………行きたい、です……」
鳴海が、途切れ途切れに承諾の返事をする。
よく見ると、口元を手のひらで覆って照れているのを必死で隠している様子が窺えるのだが、牧はそんな鳴海に気づくことはなく。
「あっ。じ…じゃあ。渡るのまっすぐじゃなくて、斜めだから……!」
こっち、と牧が方向を指差すと同時に、チカチカと青信号が点滅を始める。
二人は慌てて交差点の真ん中を突っ切るように、急ぎ足で対岸へと渡っていった。
「鳴海ぃー。このりんごのタルト、紅茶によく合いますって書いてあるんだけどさ。うち紅茶ないから、ホットミルクでもいい?」
「俺は何でも構わないよ、牧さん」
タルトの箱を手に、牧がキッチンからひょいと覗き込む。
ワンルームの部屋には、ベッドとローテーブルとハンガーラック、それから鳴海。
鳴海はローテーブルと向かい合う形で、ラグに直接座っていた。
今まで自分の部屋に誰かを連れてきたことなんてなかったので、牧はいつもの日常の中に好きな人がいるという憧れのシチュエーションに素直に感動していた。
冷蔵庫から牛乳を取り出し、小鍋に入れて火にかける。レンジでチンより、こうしてじっくり温めたほうがより美味しくなるからだ。沸騰させないようにと、中火から弱火にツマミを調節する。
「散らかってて、ゴメンな」
「そんなことないよ。俺ん家より全然お洒落で、きれいだよ。牧さん、さすが服屋で働いてるだけあって服たくさん持ってるんだね」
「うちの店は基本的に、今シーズンの新作着て売り場に立たないといけないからなぁ。だから服が増える一方っていうか。まぁ、制服代として社割で安く買えるし、服も好きだしいいんだけど」
壁際に置かれた木製のハンガーラックには、ぎゅうぎゅうに衣類がかけられていて。
ハンガーの隣にも引き出し式のチェストが置かれており、更にバッグや帽子など小物類の収納スペースのほか、反対側の壁際には夏服エリアも設けられている。
部屋の大半は衣類収納で埋め尽くされていると言っても、過言ではない。
他人のクローゼットなんてあまり見たことはないが、鳴海がそう言うくらいだ、やはりひとり暮らしにしては多い方なのだろう。
「なんか、このまま店が開けそうだ」
鳴海がそう言いながらくすりと笑っているところへ、牧がホットミルクとタルトを運んでやってくる。
タルトは個包装のままにせず、喫茶店のように皿に乗せてフォークを添えて出してみるとそれだけで見栄えが良くなった。
「……美味しい」
タルトを一口食べた鳴海がそう言うと、続けて牧も同じように感嘆の声を上げる。
ただの土産と侮ることなかれ。『ワンダー・キングダム』で販売している食品は味も評判が良く、実際口に入れてみるとこのりんごタルトも随一の人気商品だというのもあっさり頷ける。
「牧さんの入れてくれたホットミルクも、美味しいよ」
「俺は、ただ温めただけなんだけどね」
冷まさなくても問題のない丁度いい温度で、飲むと喉の粘膜が程よい熱に包まれる。
公式ではタルトには紅茶が合うと言っているが、牛乳もなかなか相性は悪くないようだ。
食後のデザートをあっという間にペロリと平らげ、マグカップ片手にほっと一息ついていると。
不意に、牧の顔を見た鳴海がプッと噴き出した。
「牧さん、口のとこ。牛乳のひげついてる」
「え? どこどこ?」
「この辺」
鳴海が自分の口元を指で示して、白くなった場所を牧に教えてくれる。
「……取れた?」
「いや、まだ」
ペロリと舌で唇の上を舐め上げてみるも、まだ残っているらしく。
「ここ?」
「違う、もう少し端のとこ」
「じゃ、こっち?」
「あ、惜しい」
そんなもどかしいやり取りがしばらく続いて、もう鏡を見て来たほうが早そうだ、と牧が立ち上がろうとしたその時。
ふいに鳴海の顔が近づいてきて、
「ここだよ」
そう言って牧の口の端をぺろりと舐めた。
「――…っ!」
思わず牧は目を見開いた。
一瞬で先日のキスの時のことを思い出し、瞬く間に体が緊張で硬直していく。
同時に。
胸の鼓動がどんどん速く、大きくなる。
「ほら、取れたよ」
鳴海の顔が少しだけ離れると、その熱を帯びた眼差しが、牧の物欲しげな瞳を捉える。
「なる、み……」
掠 れた声で名前を呼ぶと。
それがスイッチとなって、お互い引力で引き寄せられるみたいに唇を合わせた。
「……っ、ん…」
最初は優しく触れ合っていただけだったのが、徐々に貪るようなキスへと変わっていく。
牧が舌を相手のものに絡めようとすると、鳴海は一瞬の静止のあと、すぐに同じようにねっとりとした舌をねじ込んでくる。
りんごの甘い香りと、ミルクの味がふわりと広がった。
どちらのものか判らない熱い吐息は、息継ぎの度に空気と交わっていく。
「…、はぁ、……ン」
じんと頭の芯が痺れるような感覚が、強張 った体を緩やかに溶かす。
鳴海とのキスは気持ちいい。
好きな相手とするキスというものは、こんなにも違うものなのか。
ちゅ、と音を立てて唇が離れ。
牧の頬に鳴海の細長い指が、そっと撫でるように触れる。
「牧さん……」
指がつうっと、牧の耳の裏側へと流れていく。
何度もゆっくりと髪をかきあげるその仕草が心地良くて、牧は体をぞくりと震わせた。
「鳴海…」
とろけた瞳で見上げると。
鳴海は、牧の下肢へと手を伸ばす。
膝、太腿と滑らせていき、やがて体の中心へと辿り着く。
「あ、っ……」
既に勃起を始めている牧のそれを撫でられ、思わず上擦った声が漏れる。
「牧さん、キスだけで興奮したの…? そんなに俺とのキス、気持ち良かった……?」
鳴海は厭らしく耳元で囁くように、それでいてどこか嬉しそうに問いかけると。
牧の性器を服の上から包み込むように握り、そのままゆっくり上下に手を動かし始めた。
「ン…っ、キ…キス……気持ち、良かっ……、あぁっ」
布越しに扱 きあげられ、更に牧の中心に熱が集中する。
身を捩 っているうちに背中が後ろのベッドへぶつかって寄りかかる体勢になり、快感から逃げることもできなくなる。
「なる、…み。……っ、ダメ…」
「……やめてほしい?」
「違…っ、そうじゃなくて……」
涙で滲ませた目を、鳴海から逸らし。
「もっと…、ちゃんと…触ってほし……っ」
それから、足を左右にゆっくりと開いた。
黒のスキニーの中心は既に窮屈そうにせり上がっていて。
そんな劣情を煽り立てる姿を見た鳴海は、少しだけ眩しそうに目を細めると。
「――それじゃあ。牧さんの、俺にもっとよく見せてください……」
そう言って。
牧のベルトにするりと手をかけた――…。
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