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ラブ、大盛で #7
アパートの前でタクシーを降りると。
鳴海は肩に牧の腕を回し、隣で体を支えながらゆっくりと歩き出す。
「牧さん? ほら、おうち着いたよ?」
「ううーん……鳴海の、ばかやろー。……好きだぁ…」
まだ半分寝呆けているらしい。
支離滅裂なことを口にしているが、おぼつかないながらも一応自らの足で歩いてくれてはいるようだ。
それにしても、罵っておきながら好きだという牧の心情が理解できず、鳴海はひたすら困り果てていた。
「牧さん…。俺、何かしましたか……」
ぽつりと、綺麗な横顔に問いかける。
完全に嫌われてしまうよりはまだ救いはあるものの、何がきっかけでこうなってしまったのか知ることができなければ、今後対策のしようがない。
――やはり原因は、調子に乗って牧の体に触れすぎたせいだろうか。
男にペニスを触られ、舐められて。
やっぱり同性同士での性行為は気持ち悪いと思われてしまったのでは……と深い溜め息をつく。
すぐに起こして色々と問いただしたい気持ちをぐっと堪え、とにかく今は早く家の中で休ませてあげることだけを第一に考える。
牧の住む二階建てのアパートはいわゆるデザイナーズ物件で、モダンで小綺麗な造りをしていた。
駐輪場の手前には背の高い植木が一本あり、夜にはいつも間接照明が外壁を照らしライトアップされている。
階段を登り、二階の一番奥まで廊下を進むと、牧の部屋の前までなんとか辿り着く。しかし当然ながら施錠されているため、中に入ることができない。
不躾ながら牧が下げているショルダーバッグの中をざっと確認させてもらったが、鍵らしいものは見当たらなかった。
こうなったら、本人に鍵の場所を教えてもらうしかない。
鳴海は牧の肩を数回、軽く叩いた。
「牧さん…、牧さん……。家の鍵って、どこに入れてありますか?」
夜なので、声を潜めて訊ねる。
「あ…? 鍵ぃ? ……んなの、ケツの…ポケットの、中に……」
牧はもにゃもにゃとそれだけ言うと、また眠りこけてしまった。
在りかがわかったはいいが、鳴海は少し焦った。
そこを探すには、直接ではないにせよ牧のお尻に触れてしまうことは免れないからだ。
「すみません……。これは不可抗力なんで、許してください…」
鳴海は聞いていない相手に向かって必死に謝りながら、牧のズボンの後ろのポケットに手を入れて探る。
臀部 のラインをなぞると、しなやかな肉感が指先を纏う。
奥に固い感触があったので取り出すと、無事アパートのカードキーらしきものを見つけることができた。平べったいレザーのキーケースをくるりとスライドさせると、穴の空いた小型の金属プレートの形状をした鍵が姿を現す。
早速それをドアに挿し込んで解錠し、ようやく玄関へと入る。
靴を脱がしてやると、牧はふらふらと後ろに倒れそうになったので、抱きかかえてそのままベッドへと運んであげた。
それからエアコンのリモコンを手に取り、暖房をつける。もし風邪でも引かせてしまったら大変だ。
「牧さん。水、ここに置いておくからね」
コップに水を注いで、いつでも飲めるようにローテーブルの上に用意しておく。
牧の寝顔を覗き込んでみるが、返事はない。
すやすやと眠りにつく様は、まるで眠り姫だった。
確か眠り姫は、王子様のキスで目覚めるんだっけ…。
自然と、牧の唇に釘付けになる。冬なのにしっとりとしていて、柔らかくてとても美味しそうな色をしていた。
さっき土田が鳴海のことを王子様だとか妙なことを言うものだから、変に意識してしまう。
「…………少し、だけなら…」
そっと触れるだけのキスを、牧へ贈る。
久しぶりの牧の唇の感触に、緊張でシーツを掴む指先が震える。
名残惜しさを覚えつつ、気づかれる前に素早く顔を離そうとすると。
「……、な…るみ……?」
眠り姫が、目を覚ました。
映画のようにぱちりと瞼を開け、その瞳が鳴海の姿を捉える。
慌てて、鳴海はバッと飛び上がるように後ずさる。
牧はむくりと起き上がると、きょろきょろと周りの様子を伺う。
「あれ…? さっきまで、忘年会で居酒屋にいたはずなんだけど……なんで俺、家にいるんだ? それに、鳴海まで――…」
「ええと。牧さんは、お酒飲んで酔っ払って倒れたみたいで……。土田さんから連絡もらって、俺が迎えに行ったんです。勝手に家に上がって、すみません」
狼狽しつつ、現在の状況を説明する。
そこまで聞くと牧は「そっか」と一人納得したようだった。
よかった。どうやら、こっそりキスしたことはバレていないようだ。
「……ていうか、鳴海。今、俺にキスした?」
「…!」
前言撤回。やはり気づかれていたらしい。
ただでさえ今はセクハラ問題に慎重にならなければいけない時なのに、寝込みを襲う勝手な男と思われてしまったらお終いだ。
牧を見ると、自身の唇に手を当てて明らかに気まずそうな表情をしている。
ひとまずここは、素直に謝って許しを乞うしかない。
「牧さん、ごめ――」
「鳴海ごめん!」
「……え?」
「俺、さっき気持ち悪くなってゲロ吐いたから…………多分、汚い」
牧は下を向いて、暗い顔で落ち込んでいる。
鳴海は目を大きく見開き、それから数回瞬きをした。
もしかして、勝手にキスしたことが嫌だったんじゃなくて、気にしていたのはそんなこと…?
一筋の希望の光が見えた気がして、鳴海の心がぱっと明るくなる。
「牧さんは、汚くなんかないよ」
「……嘘だ」
「嘘じゃないよ」
あんな触れるだけのキスなんかじゃなくて、もっと中までかき乱してやりたいくらいだ。
鳴海の言葉を信じたのか。牧はようやく、ほっとした顔を見せた。
「それより、気分はどう?」
「まだちょっとクラクラするけど……。寝たから、さっきよりかは大分マシにはなったかな」
「なら、よかった。……あ、喉渇いてない? 水、そこに入れといたんだけど。飲む?」
「飲みたい…」
テーブルに置いておいたコップを手渡すと、牧はゴクゴクと飲み始める。
一口飲み込む度に喉が上下し、そんな様子すらも色っぽくてつい魅入ってしまう。
空っぽのコップを受け取り背中を向けると、牧は鳴海のニットの裾をぎゅっと掴む。
「あ、あのさ…。今日は、迎えにきてくれて…ありがとう。嬉しかった」
「俺も…。牧さんに会えて、嬉しかったです」
膝をついて牧の手をそっと握ると、牧はくすっと笑った。
「……なんか、鳴海って王子様みたいだね」
「え…」
人を王子様と呼ぶのを、牧の職場で流行っているんだろうかと疑いたくなる。
しかしこうして牧の笑顔を再び見ることができるのなら、騎士だろうが王子だろうが、何にだってなってやる。
「そうだ、牧さん。さっき少し汗かいてたみたいだから、寝る前に服着替えたほうがいいよ」
「あー、うん…。そうだね……」
「立つのしんどいなら、着替え手伝おうか?」
「いや、いい……自分でやる」
牧は羽織っていたフード付きコートを、もそもそと自分で脱ぎ始める。
もう一度介助しようかと申し出るが、静止させられてしまう。
それから、少し恥じらうように牧は目線を逸らし。
「……俺、多分…。今、鳴海に触られたら、確実に反応するから……」
何が、と聞かなくても、同じ男なのですぐにわかった。
しかしこのリアクションは、「本当は触ってほしい」の裏返しなのか、それともストレートに「キモいから触るな」の方なのか。
結局のところ、牧の本心はわからないままだ。
それならば、この機会に思い切って確かめてみるしかない。
「あの、牧さん……。もしまた、この間みたいに触ってほしいなら…今日もするけど……」
「嫌だ」
「……!」
面と向かって拒否されてしまい、ショックを受ける。
ある程度は覚悟していたものの、いざこうしてはっきり言葉にされると地味に凹む。
懸念していた通り、やはり気持ち悪いと思われていたらしい。
すると、牧は鳴海をまっすぐ見上げて。
「……鳴海のだったら、いいよ」
ん? 今、なんて…?
「俺が、鳴海のちんこを舐めるんだったら……いいよ」
予想もしなかったことを言われ、鳴海は動揺を隠せない。
アルコールも手伝って、いつもに増してとろんとした瞳を牧に向けられる。
これは、まずい――…。
「えっ…と…。それ…は、ちょっと……」
しどろもどろになって狼狽 えていると。
牧が涙を滲ませて、勢い良く立ち上がる。
「……っ、もういい! 俺、もう帰る…ッ!」
そう吐き捨てると、取り乱しながら玄関へ向かって一直線に走り出す。
鳴海は慌てて追いかけてその腕を掴み、必死に引き留める。
「え、ちょっ、待って…! どこ行くの、牧さん! ……牧さんの家、ここだから!」
「離せよ! どうせお前は、俺のこと好きじゃないんだろ…!」
「なんで、そうなるんですか!」
「だってそう言ってたし!」
「誰が、そんなこと言ったんですか!?」
「枝豆に決まってんだろ!」
「え、えだ……?」
ここで、牧が酔っ払いだということを思い出した。
枝豆というのは、あの居酒屋とかで出る枝豆という認識で合っているんだろうか。
どちらにせよ、会話がどこか噛み合わなくて、鳴海はただ戸惑うことしかできない。
「彼氏より、そんな枝豆の言うことを信じるんですか」
「……だって、鳴海。今まで一度も、俺のこと好きだって言ったことないじゃん…」
「そんな、はずは……。…………あっ」
鳴海はそこで言葉に詰まった。
過去の記憶を掘り起こしてみると、確かに牧に直接「好き」という単語を言ったことはなかったかもしれない。
――ちゃんと言葉にしないと、伝わらないことってあると思うよ。
先ほどの土田の言葉が、重くのしかかる。
いつの間にか自分のなかで『牧が好き』ということが当たり前になりすぎて、麻痺していた。
好きになってもらえたことに浮かれて、舞い上がって、自分だけ満足して。
その結果、彼を不安にさせ、こんなになるまで悩ませてしまった。
一番大事なところをアウトプットするのを疎 かにしてしまうなんて。……最低だ。
茫然と立ち尽くしていたら、目の前で牧がぽろぽろと涙を零す。
「な…鳴海が、俺にちんこ触らせないのだって……。俺が男だから、気持ち悪いからじゃないかって…」
嗚咽 混じりに、それでも一生懸命伝えようとしてくれている。
牧の言葉は、鳴海が不安に感じていたこととまったく一緒で……。
知らないうちに同じことで悩み、お互い平行線の上に立っていただけだった。
――今度こそ、ちゃんと言葉にしないと。
唾をごくりと飲み込み。
鳴海はずっと言いたくて堪らなかった言葉を口にするため、大きく息を吸い込んだ。
「牧さん。触ってほしいとお願いしたら、触ってくれますか……?」
「え……。でも、俺がしたら萎えるんじゃ…」
まだ不安げな顔をする牧の手を、自らの股間へと導く。
すでにズボンの下で大きく張りつめるそれに気づいたようで、牧は頬を紅潮させた。
「あれ……? えっ、えっ? なん…で?」
「好きな人にあんなこと言われたら、誰だってこうなるよ」
「好き…な人、って……」
誰。と惚 ける彼に、はっきりと教えてやる。
「牧さんのことだよ。――牧さんが、好きです」
それから、手を伸ばして、ぎゅっと抱きしめて。
自身の熱い昂りを相手の体に押しつけ、嫌ってほど勃起していることをわからせてやる。
「いつもエロい牧さん見て、本当は興奮してた……。でも、牧さんは女性としか経験ないみたいだし、こんな風になってるところを見せたら引かれるんじゃないかって、今まで逃げてた。ごめん」
男同士は気持ち悪いと、いつか嫌われるのが怖くて臆病になっていた。
だから、せめて牧だけでも気持ち良くなってくれれば。
役に立つ存在だとわかってもらえれば、少しでも長くそばにいさせてもらえると思って…。
「……それに、一度でも牧さんに触られたら。きっと俺、最後までしたくなっちゃうから…」
掠れた声で、ぼそりと呟く。
一度ストッパーを外されたら、もう歯止めがきかなくなることはわかっていた。
嫌だと懇願されても、途中でやめてあげる自信は持ち合わせていない。
傷つけたくはないのに、抱きたくて抱きたくて堪らない。
そんな自分の欲望を抑え込むことで、一緒にいられなくなるリスクを回避できるなら。
……それで、いいと思っていたのに。
「……鳴海」
ずっと黙って聞いていた牧が、鳴海の服を強く掴む。
「最後まで、していいから」
「え……」
「俺、鳴海に抱かれたい」
「牧…さ……」
ぐいと牧に腕を引っ張られて、ベッドの上に仰向けに倒される。
あっという間のことに思考が停止していると、牧が鳴海の下半身を跨ぐようにのしかかってくる。
「……最初から、こうすればよかった」
見下ろすその目は、とても扇情的で…。
鳴海のズボンのファスナーを下げると、そそり立つ肉棒をパンツから取り出し。
牧は自身の上唇をぺろりと舐めると、鳴海の中心へと顔を埋 めていった。
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