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ラブ、つゆだくで #5
「――あれ…? 鳴海くん? 珍しいね、こんなところで会うなんて」
鳴海の姿に気づくとすぐに、土田が声をかけてくれる。
他のフロアも大体見終えたので、今日の本命でもある『invisible garden 』へとやって来たところだった。
「土田さん、お久しぶりです。その節は、どうも…」
「いやいや、こちらこそ。元気そうで、何よりだよ」
鳴海と土田は久しぶりの再会ということもあり、少しはにかみながら互いに会釈をし合う。
こうして顔を合わせるのは、いつぞやの居酒屋ぶりかもしれない。
「……つっちー。俺もいるんだけど?」
「アホ。お前とはいつも飽きるほど会ってんだろうが」
いちいち挨拶などするか、と土田は即座に牧に向かってツッコミを入れる。
そんな和気あいあいとした二人の様子を見ても以前ほど嫉妬や羨望を抱かずにいられるのは、土田の彼女でもあり、鳴海の美容室の常連客でもあるショーコから、土田との惚気 をいつも聞かされているというのもあるかもしれない。
「……ていうか。今いるのって、つっちーだけ? 他の皆は?」
牧が店内をきょろきょろ見回して、店頭に立っているスタッフが土田一人だけという事実に気づく。
「あー…。川本は風邪で今日は欠勤で。山村は子供が熱出したと保育園から呼び出しがあって、早退した」
「……店長は? バカだから風邪引かなそうだし、独身だから子供もいないだろ。何でいねえの?」
「店長は元気だけど…。今日ここの店長会があるのを忘れてたらしく、さっき運営の人に怒られながら引っ張られていったよ」
「マジか……」
だからこんなに服が荒らされたままなのか、と牧は溜め息をついた。
接客やレジもあるし、商品の陳列まで整えるとなると一人ではなかなか難しい。
見ると、土田も少し疲れた顔をしているようだった。
「俺、たたむの手伝おうか?」
「いや、せっかくの休みなんだからゆっくりしてろって。店長もあと一時間したら戻ってくるだろうし。今はセール期ほど忙しくはないから、のんびりやるさ」
それに今日はデートなんだろ、と土田が言うと、牧はようやく本来の用事を思い出す。
「あ、そうそう。今日は鳴海の服を買いに来たんだった。適当に見させてもらうけど、いい?」
「もちろん。俺はこっちの業務で忙しいから、あんまり構ってあげられないと思うけど。……まぁ、牧もこう見えて一応服選びのプロだから、そっちは任せて大丈夫かな」
「一応は余計だっつの」
取り込み中に邪魔したにも関わらず気遣いを見せる土田に、鳴海は「ありがとうございます」と頭を下げた。
「すみませーん、お会計お願いしまーす」
「あ、はーい!」
向こうで客の呼ぶ声がして、土田が慌てて振り返って返事をする。
「ごめん、俺ちょっと行ってくるわ。鳴海くん、よかったらゆっくり見ていってね」
「すみません、忙しいのに邪魔してしまって」
恐縮する鳴海に対し、土田は「気にしないでいいよ」と笑みを見せた。
「試着室も、好きに使ってくれて構わないから」
それじゃ、と挨拶をして。
土田は忙しそうにレジへと駆けて行った。
「よーし、じゃあ俺たちもぼちぼち始めるか」
牧が大きく伸びをひとつして、メンズコーナーへと足を向ける。
鳴海はそれについて行きながら、改めて牧の職場でもある店の中をぐるりと見回してみる。
レディースとメンズの両方を取り揃えているだけあって、店内は想像以上の広さがあった。
とはいえ量販店ほどの規模ではないので、必要最低限の対応だけであれば一時間程度、土田一人でもなんとかなるだろうから心配はいらないと、牧は言う。
流れているBGMは洋楽のポップスだろうか、女性シンガーの歌が心地良いテンポで流れていた。
マネキンとすれ違う際。
その着ている服に、思わず目を奪われる。
一つ一つだとシンプルなアイテムに見えるそれらは、組み合わせるとより一層こなれ感が出ているのが素人目にもわかる。気取っている風でもなく、いい感じに着崩しているのも素直にセンスの良さが受け取れた。
「……このコーディネート、牧さんが…?」
「ん? ああ、それね。確か先週の終わりくらいに、俺が着せたやつ」
やっぱり、と鳴海は納得する。
つき合ってからそれなりの時間を共に過ごしたのもあって、牧の選ぶ服は見ただけでわかるようになった。
中には本部から指定を受けたアイテムを一式着せて展示しているものもあるらしいので、牧が担当した「作品」を見つけることができて単純に嬉しい。
牧のことは個人としても大好きだが、仕事の面でも既にファンになっていたりもする。
「ところで、鳴海は何が欲しいんだっけ?」
「牧さんのおすすめなら、何でもいいんだけど。どちらかと言うと、ボトムスよりトップス多めの方がありがたいかな」
「ふうん。じゃあ上は、シャツ系とカットソー系がいくつかと、あとは羽織れるもんがあればいいか」
入口に近いところは新作商品が置かれているらしく、明るめのカラーをした春物の服が並んでいた。
鳴海はハンガーにかけられているシャツを何気なく手に取って見ていると、牧が横からそれを覗き込んで。
「それ。奥のセールコーナーに似たデザインのやつあるけど、そっちも見てみる?」
「いや…。値段は気にしないから、できれば新作のやつを選びたいんだけど」
「えっ、なんで? 別に冬物の生地ってわけでもないし、むしろ年中着れる素材だけど。ただ販売時期が一定期間過ぎて値下げされてるってだけだし」
少しでも安いほうがいいじゃん? と疑問を顔に出す牧に、鳴海はこれまで秘密にしていた理由を仕方なく白状する。
「新作の服だったら……。牧さんも、仕事で着ることができるでしょ」
「え? 俺? ……鳴海じゃなくて?」
「もちろん、俺も仕事に着ていくこともあるけど。俺が着ない日は、牧さんが着れるかなって……」
牧の勤務中の服装は、なるべく新作商品を一点でも身につけるようにというルールが設けられている。
鳴海の家にも何点か運び込まれてはいるものの、牧の家とでストックを分けている都合上、その数は決して多くはない。
「もしかして……。うちの服が欲しいって言い出したのって、俺のためだったりする…?」
他のどこの服でもなく、しかもお得なセール品ではなくて新作を指定ということは、どう考えても牧を思ってのことであることは明白で。
「……そういうこと…になる、のかな?」
牧が鳴海の家に来たとき、朝一度自宅に着替えに戻らずそのまま仕事へ行ける日が増えれば、牧の負担が減ると考えたからだ。
つまりそれは、言い換えれば「もっとお泊まりしに来てもいいよ」と言っているようなもので。
鳴海は下心を知られた恥ずかしさから、咄嗟に手で口元を覆い、目線も遠くへ逃がすように逸らした。
「あ…。だから、トップス多めのがいいって言ってたのか。パンツだとシェアできねーもんな。鳴海、足長いし」
「いや。牧さんのが腰細くて、俺のズボン貸したら緩いからだよ。長さだけだったら捲ればいいけど、ベルトで締めたって隙間から下着見えそうだし。そんな姿、誰にも見せたくないっていうか……」
そこまで言ってしまってから、はっとする。
こんなに独占欲を丸出しにして、重いと思われたらどうしよう…。
しかし牧の様子を窺ってみると、むしろ嬉しそうに頬を朱色に染めていて。
「ヤバい…。俺、すげえ鳴海に愛されてるじゃん……」
愛してるかどうかなんて、そんなの当たり前だ。
鳴海の世界は、とっくに牧中心で回っているのだから――…。
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