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ラブ、おかわり #12
「す、すみません! それ、もっとよく見せてもらってもいいですか…っ!?」
「え? あ、はい……どうぞ」
お客さんのスマホを半ば強引に奪うようにして手に取ると、画面に映る写真をもう一度よく確認してみる。
写真には、公園のような場所で男の人が一人写っていて。
髪は綺麗なオレンジ色に染まっており、眼鏡も外してはいるが。
それは、紛れもなくマキさんだった。
――やっと、見つけた…。
スマホを持つ手が、小刻みに震える。
写真一枚だけだけど、初めて手がかりを得ることができた。情報があるのとないのとでは、天と地ほどの差があるというものだ。
有島の言っていた通り、5年も経過しているだけあってやはり外見の変遷が見受けられた。眼鏡をやめて、コンタクトにしたのだろうか。黒髪も良かったが、明るいカラーもよく似合っている。
相変わらず美人なのは、変わらないようだ。
初めて会ったときよりも大人の色気が増しているようだが、これは最近撮られたものなんだろうか?
写真の中のマキさんはデニム素材のフライトジャケットを羽織っていて、モデルのような仕草でカメラに目線を寄越している。格好いい。
「あの、鳴海さん…? その髪型、やっぱ俺には難しそうですかね……?」
声に振り返ると、常連客の渡辺が心配そうな顔でこちらを見ていた。
長い時間マキさんの写真に見惚れていたのを、別の意味に捉えられて不安にさせてしまったようだ。
「あ…、いえ、大丈夫ですよ。渡辺さんの今の長さと髪質でしたら、このヘアスタイルにカットするのは問題ないと思います。ただ写真と同じカラーを希望される場合、一度ブリーチをしてからでないとこの明るさにはならないんですが、トーンの方はどうされますか?」
「んー。じゃあ、せっかくなんで今日はブリーチもお願いします」
「わかりました。じゃあカットが終わったら、カラーの前にブリーチをしましょう」
スマホを返して、早速ハサミに持ち替える。
…………。
ちょっと待て。何いつものように髪を切り始めてるんだ、俺は。
写真のことについて、聞きたいことが山ほどあったはずだろう。
そもそも、なぜお客さんがマキさんの画像を持っていたんだ?
まさか、この人が撮ったものなのか?
もしそうだとしたら、マキさんとはどういう関係なんだろうか?
どうしよう、物凄く気になる。
ていうかその写真、俺も欲しい。めちゃくちゃ欲しい。
……いや、まずその前に同じ轍 を踏まないためにも、しっかりと情報収集をしていかねば。
「さっき見せてもらった写真、素敵でしたね。ご自分で撮られたんですか?」
「ははっ、まさか。ネットの拾い画像ですよ」
「あ、そうですよね。ああいう画像って皆さん、どういうところで見つけてくるんですか」
「うーん、いつもは『ginger cutie 』のヘアカタログとか見て髪型を探すことが多いんですけど。俺は今回、お気に入りの服のブランドの公式サイトで偶然、いいなって思ったやつを見かけて」
「へぇ。ちなみに、何ていう服のブランドなんですか?」
「インビジって知ってます? 『invisible garden 』って言うんですけど」
「ああ、よく若いお客さんが好きって言ってるのを聞きますよ。人気のブランドなんですね」
「大学生は大体そこで服買ってるんじゃないっすかね。俺が今日着てる服も、インビジのやつです」
「いいですね、その服。コーディネートにセンスを感じるというか」
「本当ですか? 嬉しいな。……と言っても、マネキンが着てた服を一式買っただけなんですけどね」
「でもそれを選んで着こなしてるのは渡辺さん自身でしょ。俺なんか美容師のくせにファッションには疎 くて。正直羨ましいです」
「鳴海さんは、何着てもイケメンなんだからいいじゃないですか」
「そんなことないですよ」
いやいや、俺の話はいいから! 渡辺さん!
そんなことより、写真の話を!
今はマキさんの情報を、少しでも多く引き出したいんです…っ!
画像は『invisible garden 』というブランドの公式サイトで見つけたと言っていたけれど。
もしかしたら、まだ何か知っているかもしれない。
「そういえば、さっきの写真の人。格好良かったですね。服屋さんのサイトに載ってたってことは、モデルさんなんですかね?」
「あー、違うと思いますよ。『秋の新作スタッフコーデ』っていう特集のページにあったやつなんで。ショップの店員さんだと思いますよ」
『invisible garden 』という服屋の店員。
とてつもなく有力な情報を得てしまった。
後で休憩時間に、この近辺に店舗がないか調べてみよう。
あと、俺も早くマキさんの写真を保存したい…。
「――ていうか、その人。暁ヶ丘のショップの店員さんじゃないかなぁ」
「え…。暁ヶ丘って、ここから2駅隣の?」
「そうです。先週、暁ヶ丘の駅ビルに入ってるインビジで服を買ったんですけど。そこにいた店員さんと、なんか似てる気がするんですよね」
暁ヶ丘。
道理で、黄昏町の服屋を探しても見つからないわけだ。
普段そっち方面へ行くことがなかったから、盲点だった。
「……色々教えてくれて、ありがとうございます。渡辺さん」
一日で、こんなにたくさんマキさんの情報を知ることができるなんて。
本日の施術代金を、全額俺が支払いたいくらいだ。
『今日の運勢第一位は、かに座のあなた! 探しものが見つかるかも?』
まさか今朝なんとなく見ていたテレビの星占いが当たるとは思わなかった。かに座に生まれて、良かった。
今日は早番だから、早く帰れるはずだ。
仕事が終わったらすぐに、マキさんに会いに行こう。
――けれどその前に、俺にはひとつやることがあった。
「有島? 急に電話して、悪い。……今、話して大丈夫か?」
『うん。鳴海さんから電話なんて、珍しいね。今日は仕事じゃなかったの?』
「ちょうど休憩時間なんだ」
『そっか。……あ、今日の夜、空いてるよ。会えるなら、いつものホテルの前で待ち合わせ――』
「ごめん。もう、お前とは会えないんだ」
『ああ。今日がダメなら、別に明日でも……』
「有島」
『…………。会えないって、どういう意味?』
「俺たちの関係を、終わりにしたい」
『何で?』
「……元々、そういう約束だっただろ」
『もしかして……。マキさん、見つかったの…?』
「やっと居場所がわかったんだ。会えるかわからないけど、今日仕事の後に会いに行こうと思う」
『会ったところで、どうするの? 5年前に一度シャンプーしただけの美容師です、ずっと好きでしたって告白でもするわけ?』
「そんなことはしないよ。俺はマキさんのそばにいられたら、それだけで十分だから。恋人は無理でも、友達ならなれるかもしれないだろ?」
『何それ。そんなの、鳴海さんが辛いだけじゃん』
「俺は、マキさんに会えないほうが辛かったよ」
『……ねぇ、鳴海さん。僕、実は就職の関係で来年から東京に行くかもしれないんだ。本社勤務だって』
「そうか。凄いじゃないか」
『寂しいとか、言ってくれないんだ……?』
「……俺に、そんなこと言う資格あるわけないだろ」
『そうだね。僕たちはお互いの性欲を満たすだけの関係だったね』
「勝手なのは、わかってる…。ごめん」
『鳴海さんはさ。マキさんのこと忘れて、新しい恋をしようと思ったことはないの…?』
「そんなの、何回も思ったよ。でも、忘れられなかった。ずっと会えなくても、マキさんのことを好きな気持ちは消えなかったんだ」
『うわ…。何なの。本当、キモい。引く。鳴海さんの「好き」って、重すぎなんだよ』
「重い、か。……そうだな。そうかもしれないな…」
『じゃあ。もうこれで、さよならだね』
「今までつき合ってくれたこと、感謝してる。ありがとう」
『別に。こっちもただ気持ちいいセックスがしたかっただけだし。言ったでしょ、これはWin -Win の関係だって』
「……そうだったな。今後、もう俺から連絡することもないだろうし、お前も」
『連絡するわけないじゃん。すぐまた新しい相手見つけるし』
「そうか。じゃあ、元気でな」
『うん。鳴海さんも』
通話を終えると。
俺はさっき保存したばかりのマキさんの写真を、再び画面に表示させる。
「マキさん……」
愛しい人の名前を呼ぶ。
カメラを見つめるその視線と目が合ったような気がして、バッテリーがなくなるまでずっと眺めていたくなる。
「――もうすぐ、あなたに会えそうです」
スマホの画面を、自分の顔へと引き寄せて。
液晶の向こうに隠れた、綺麗な形をした唇に。
そっと、キスを落とした。
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