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第9話

 佐川と出会い、幸せな人生とは無縁だった自分に、初めて幸せだと思える日々を与えてくれたのが佐川だった。  食材を買う時は涼の好きな物ばかりを買ってくれた。映画を観る時は涼が観たいものを、出かける時も涼が望む所にと、全て涼を優先にしてくれた優しい佐川。  その優しさも全て嘘だったのだ、そう思うと何度も泣いた。  嫌いになれればどんなに楽だったか。だが、嘘でも大和を嫌いになる事はできなかった。 ――三カ月後――  相変わらず涼は同じアパートに住み、毎日、昼夜と働き明の借金を返し続けていた。前と同じ生活に戻っただけだ、そう自分に言い聞かせた。  髪はもうすっかり伸びていたが、大和に切ってもらったこの髪にハサミを入れる事ができずにいた。  仕事から帰ると、郵便受けから郵便物を取り出した。DMと封書が一通。宛名は金融会社の名前だった。部屋に入り、その封筒を開け目を疑った。  それは完済証明書だった。 「え? なんで? 誰が?」  一瞬、明かと思ったが服役中の明には無理に決まっている。  涼は携帯を取り出すと、その金融会社に電話をした。 『はい、××ローンです』  女性の穏やかな声が聞こえた。 「あ、あの、白瀬ですけど」  なぜ返済した覚えのない借金の完済証明書が送られてきたのか尋ねた。 『担当に代わります、お待ち下さい』  闇金には不釣合いな穏やかな保留音が暫く流れ、 『担当の石田です』  野太い声の男に代わり、涼は同じ事を尋ねた。 『間違いなく完済されましたよ。まぁ、利子は法的手段に出られて貰えませんでしたけどねえ。あんなヤバイ知り合いがいるなら言ってくださいよー』 「一体誰が?」  電話を切ると、涼は躊躇う事なくダイヤルした。繋がるかはわからなかった。 コール音が鳴り、涼は安堵すると、 『はい』  たった三ヶ月だったが、酷く懐かしく、そして愛おしい声に堪らず涙が零れた。 「さが……大和さん……」 『白瀬、くん?』 「会いたい、会いたいよ……」 『会いに行っても?』 「待ってる……」  玄関のチャイムが鳴り細く扉を開けると、スーツ姿の大和が立っていた。走って来たのか額から汗が流れ、ハァハァと息を切らしている。 「白瀬くん……」  ドアを開け放した瞬間、大和に抱きしめられていた。 「ずっと君に会いたかった……」  大和に抱きしめられたまま部屋に入ると、玄関先で押し倒されキスをされた。必死に大和の舌を追い、キスをしながら互いの服を脱がせ合う。三カ月の時間を埋めるように、無我夢中で体を繋げた。 「好きだ、愛してる……名前も職業も全てが嘘だったけど、この気持ちだけは嘘じゃないんだ、信じてくれ」  涼を抱きすくめる体から大和の焦りと必死さが伝わってきた。 「何度も嫌いになろうと思ったけど、無理でした……俺も好きです……」  満足そうに微笑む大和はあの佐川と同じで、その笑みは嘘ではないのだと知った。  二人は互いの気持ちを確かめ合うように、何度も体を繋いだ。

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