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それがそうなら11
「ああ。お前が使っている茶碗は客用のだ」
白いシンプルな食器。キッチンの食器棚に統一して置かれているブランド物の食器で統一されていて、5枚ずつ揃えられている。
気にかけたことは無かったが、慎也が使っている食器はそれとは別だった。
「お客さんが来ることがあるんですか?」
慎也の部屋に住んでひと月ほどになるが、慎也の部屋に友達や職場の人が訪ねて来たことは無い。ハウスキーパーと穂高ぐらいだ。
慎也は苦笑いで、「まぁ、おいおいでいい」と呟いた。
どういうことなのか分からずにまた、首をかしげる。
目的地の駅に到着すると、電車から大勢の客が降りた。その流れに乗って改札を目指すが、慎也と離れそうになった。
「凛、こっちだ」
慎也がさっと手を伸ばして、僕の手を掴んだ。
ドキッとした。
改札まで手を繋いだまま人混みの中を進む。
『凛』って……。
名前を呼ばれたのも初めてだ。
穂高は凛人さんと呼ぶ。
急にせわしなく胸がざわざわと高鳴る。
先を歩く慎也を斜め後ろから見上げると、余計に胸が高鳴った。
自動改札を抜けて駅から出ると、「どっちだ?」と慎也が手を離して振り返って目があった。
「あ、えっと、こっちだよ」
手を繋いでいた緊張と、名前を呼ばれたことで舞い上がってしまった。
離れた手の温もりにぐっと手を握りしめる。慎也がすぐに横に並んで、「あれはなんだ?」と尋ねる。駅前の賑やかな若者の多い道。車では通らない繁華街に慎也は立ち止まる。
「こんなところで止まったらぶつかるよ」
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