72 / 127
それがそうなら18
「あ、慎也さん」
慎也が路地に入ってきたところだった。
「お前、少し、落ち着けよ」
慎也は手に紙コップを持っている。それは繁華街の中にあるショップ名がプリントされているジュースだった。
「抑制剤、持ってるか?」
慎也に言われてポケットを探る。今朝、飲まなくてもいいけど、念の為とポケットに入れてきていた。
「これ」
錠剤を取り出すとジュースを差し出された。
慎也がわざわざ馴れない繁華街でジュースを買ってきてくれたことに驚いたが、「飲んで大丈夫かな」と不安になった。
これまで一度も抑制剤は飲んだことがない。
できれば飲みたくない。
ためらっていると、「誘ってるのか?」と慎也に言われた。
「そうじゃないです」
言い返しても、なかなかそれを口に入れることができない。
慎也がじっと僕を見ている。
どうしよう……。
発情期が来ていなくても、αの慎也が驚くほどのフェロモンが出ているってことだから、飲んだほうが安全ってことだろうか。
だけど、これは発情期を抑えるための薬だ。発情期じゃない僕が飲んで大丈夫かも分からない。
「……家に、帰りましょうか」
飲まずに済む方法を考える。
このままタクシーを拾って家に帰ったら収まるんじゃないだろうか。
αの慎也がいるけど。
「それはなんだ。家に帰ってやろうってことか?」
慎也が眉間に皺を寄せている。
数歩下がってはいるが、慎也は明らかにフェロモンに充てられている。
いつもとは違う赤らんだ顔がそれを伝えている。距離を取って顔を手で覆ってはいるが、慎也の息は荒い。
「……違います」
穂高を呼んだほうがいいだろうか。
ああ、でも、穂高もαだ。
「僕だけ……家に帰ったらだめですよね?」
錠剤を握りしめる。
「それをさっさと飲め」
慎也に言われて、握りしめた手を開いて錠剤を見つめる。
「あの……」
ともだちにシェアしよう!