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15.宵の禊ぎ

 鳳凰の間で布団に横にならされた。  隆人が髪を撫でてくれているのが気持ちいい。 「落ち着いたら宵の禊ぎに行くぞ」 「うん」  遥は二、三度深呼吸すると、上半身を起こした。 「大丈夫か」 「大丈夫」  遥は微笑みかけた。隆人が頷く。  そして世話係の控える次の間に声をかけた。 「宵の禊ぎを行う」  するすると襖が開き、碧が頭を下げた。 「かしこまりましてございます」  今日三回目の禊ぎである。  これで夏鎮めの儀が終わる。  隆人との二人きりの時間もどんどん短くなっていく。それは少しさびしかった。  浴衣に着替えて、禊ぎの場に出た。ここにも足下を照らす明かりが並べられていた。  その横を通り過ぎて、まとったばかりの浴衣を脱ぎ捨てる。  暗い水辺で隆人の手を頼りに足先から川の水に入る。  冷たさにきゅっと隆人の手を握ってしまう。なだめるように隆人が親指で手の甲を撫でてくれた。  足の付け根まで水に入ると、腰にもう片方の隆人の手が回され、そっと引き寄せられた。より深いところへいざなわれ、ゆっくりと肩まで水につかる。  隆人の手が水をかけるように体を這う。遥も真似をして隆人の体を水で撫でる。 「頭までつかるぞ」  ささやかれてうなずき、息を止める。隆人に抱かれてざぶりと水の中に身を沈める。水の中で、隆人の唇が唇をかすめた気がした。  すぐに水から頭を出し、息をつく。 「空を見て見ろ」  促されて顔をあげ、「うわ……」と声が漏れた。  伸びた木々の枝の間から多くの星が見えた。東京では決して見ることのできない夜空だ。 「きれいだ」 「そうだろう?」  隆人が静かに遥を抱きしめた。 「この星々を見ると、俺はここが自分の故郷だと感じる。実際に生まれたのは東京だが、血の(えにし)を思う」  遥は隆人の唇に唇を押し当てた。隆人が当然と言わんばかりに遥の顎を手で捕らえた。口を開かせされ、舌が潜り込んでくる。遥はそれに応えた。  またこの男のことを知ったと遥は思った。父祖の地を自らの故郷とし、大切にしていること。その地を、一族を守るために、無駄とも思える儀式を先祖に倣い、続けていること。  そして、自分も隆人のその思いの流れに取り込まれたこと。  そうなることは遥は選んだ。  隆人を取ったことで、すべてが必然になった。  それでいいと、遥は思った。  選んだことを誰に恥じることなく進んでいくのが、遥の矜持だ。父への思いとのわずかなずれもいつかは克服してみせる。  唇がゆっくりと離れていった。  遥は隆人の胸に今一度身を預け、手のひらを当てた。  隆人の鼓動を、温もりを感じる。吐息がこぼれた。 「さあ、あがるぞ」  促され、また手を取られて、ゆっくりと川から上がり、浴衣をはおる。  禊ぎは終わった。

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