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大丈夫ですってば!
「よいしょ。やっぱりダメねぇ」
それはダイニングキッチンでのこと。
背の高い食器棚の上にある中くらいの箱を取ろうと、脚立の上でイブリンは大きなため息をついていた。
「イブリン、どうしたんですか?」
たまたま通りかかったセシルが、彼女の姿を見つけた。慌てて駆け寄ってみたものの、
「あの箱を下ろしたいんだけれどもね? 少し高くて……」
イブリンは残念そうに頭を振り、脚立を下りた。
たしかに、イブリンは華奢だし身長もセシルより低い。
(なんだ、そんなことなら)
「僕が取りますよ」
なにせセシルはハーキュリーズ家でひとり動き回り、使用人のように働いていた。今でこそカールトン卿の元で世話になっているものの、力だってそこそこあると自負している。
セシルは力強く頷いてみせた。
けれどもイブリンは静かに首を横に振った。
「いいのよ、あの箱重いから。男手に任せるとするわ。後でヴィンセントにでも取らせましょう」
イブリンはにっこり微笑んでみせた。
――のだが。どうもイブリンの口調がおかしい。
彼女は、『男手』とそう言った。
だったら問題ない。
なにせセシルも男なのだから。
「えっと、あの、僕、男なので大丈夫です」
どうもイブリンは自分に対する位置づけがおかしい気がする。
セシルは胸の前で拳を握って力強くそう言った。
脚立に上ってイブリンが取りたがっている箱と向き直る。
「いいのよ、セシル! 危ないわ」
「大丈夫です!」
自分だって男なのだから。
セシルが箱に手を伸ばせば――。
「えっ?」
突然、後ろから伸ばされた腕によって箱が掬い取られた。
振り返ればカールトン卿が箱を抱えているではないか。
「セシル、無茶はいけない」
咎める口調でカールトン卿がそう言った。
「え?」
無茶?
何が無茶だというのだろうか。
自分はただ箱を取ろうとしただけだ。
「そうでしょう? もうダメよ、こんなに重い物を持とうとしちゃ。こういう物は男の人に任せるのが一番なのですからね?」
イブリンもうんうんと何度も頷いている。
「え、でも僕男で……ひゃっ!」
セシルが抗議しようとすれば、身体が浮いた。
気が付けば横抱きにされているではないか。
「あの、下ろしてください」
「足を踏み外しでもしたら大変だ」
「あの、ヴィンセント!?」
そうしてセシルは今日もカールトン卿の寝室に運ばれるのであった。
おしまい。
《大丈夫ですってば!*END》
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