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ヴィンセントとガストン。
「ねぇ、あそこにいらっしゃるのって――」
「うそ、カールトン公爵とガストン伯爵ではなくて?」
「ああ、あのお二人、本当に美しいわ……」
「わたくし、今夜は自信があってよ?」
「わたくしだって!!」
――相変わらず会場はむせ返るような人の熱気と女性の香水が充満してる。
今夜、クリュシトフ伯の誕生日祝いとしてひらかれたパーティーに、ヴィンセントとガストンはいた。
ヴィンセントは、白のチュニックにワインレッドのジレ。それから漆黒のジュストコールにショースを身に纏う。
対するガストンは、白のチュニックに漆黒のジレ。ダークブルーのジュストコールとショースを着用している。
二人が着ている黒とダークブルーを基調とした衣服は、長身ですらりとした体型をより美しく見せていた。
誰もが目を惹く二人だが――その実はかなりの社交界嫌いで有名だった。
「ぼくはこういうところは苦手だ」
「ああ、ぼくもだよ。従兄殿」
短いため息をそっと吐きながら、ぼそりと囁くヴィンセントに従弟のガストンも深く頷いてみせた。
二人がこういった華やかな会場が苦手な理由は明白だった。
女性たちの品定めをする視線に人のむせ返る熱気とやけに鼻につく香水の甘ったるい香り。
そしてこういった華やかな場所に不似合いなほどの様々な愚痴が飛び交うのだ。
二人は女性というものが苦手だった。それというのも、彼女たちのことごとくは自分を美しく着飾ることばかりに意識を向け、自分を気高く見せるために相手を陥れる。その恐ろしいやり口が気に入らない。
さらに、ヴィンセントとカールトンは自分たち本人でも容姿が優れていることを知っている。その上二人の身分は公爵と伯爵という尊い地位をもっている。
おかげで彼女たちの視線を浴び続けなければならない。
(ああ、胸元をぱっくり開けた女性がこちらを見ている)
黄色いドレスを身に纏った貴婦人は口元を扇子で隠し、ヴィンセントに視線を向けている。
彼女の服装は――ヴィンセントの好みではなかった。頬紅を乗せた頬は赤だし、赤毛の髪はクルクルとねじって項が見えるように上げている。胸元はしっかり開ききり、ふくよかな胸の谷間を露わにしている。男性を射止めようとする衣装がどうにも気にくわない。
「あの貴婦人はヴィンセントが気になる様子だぞ?」
ガストンは肘で小突いて面白可笑しそうに話す。
「……ああ、そのようだ」
おかげでヴィンセントは眉間に深い皺を刻まないよう、努めなければならない。
「ああ、今夜はとてもいい夜ね」
「ええ、さあ。ガストン、貴方の花嫁を探しましょうか」
冗談ではない。ガストンは目をぐるりと回した。
「母上、ここにはいませんよ」
ガストンはこれで何度目になるだろう大きなため息をついた。
「何を言っているの! こんな壁にいたって何もわからないでしょう?」
「まあまあ、そんなに怒らないでサーシャ。ガストンには彼なりに考えがあるのよ」
イブリンは声を荒げるサーシャを宥めている。
そして今夜もまた、ヴィンセントとガストンは苦笑するばかりだ。
会場の中はどんなに煌びやかでも二人の存在には敵わない。
貴婦人も紳士も、皆がヴィンセントとガストンに注目するのだ。
《ヴィンセントとガストン。*END》
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