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セシルの正装?
「セシル、ちょっとこれを着てみてちょうだい」
「? はい、なんでしょうか」
セシルは突然イブリンに呼び出された。
何事かと彼女の部屋へ赴けば、純白のジュストコールを差し出され、促されるまま着用すると――。
「まあまあ、やっぱりセシルには白が似合うわね! 綺麗だわ!」
「あの、これを……僕に、ですか?」
満面の笑みを浮かべているイブリンに、セシルは問うた。
それというのも、このジュストコールの雰囲気が少し甘いのだ。
たしかに、男性用にも思えるジュストコールは、けれども裾の部分にレースがふんだんにあしらわれ、まるで婦人用のドレスのように広がっている。丈だって膝よりもずっと下だ。それに袖の幅もたっぷりとある。一見すると女性もののようにも思えてしまう。
困惑気味のセシルを余所に、イブリンは満足しているようだ。何度も深く頷いている。
「素敵。可愛らしいわセシル。特別に誂えたものだけれど、やっぱり貴方にはこういった清楚なジュストコールが似合うわね」
『特別に誂えた』彼女はそう言った。
きっと恐ろしい金額に違いない。
「あの、これはいただけません!」
「セシル?」
「こんな立派なジュストコールは僕にはとても……」
このジュストコールは軽く、あたたかい。見るからに上等な生地を使われている。
ただでさえ、二人にはとても良くしてもらっているのだ。こんなにしてもらっては罰が当たる。セシルはおこがましいことだと首を振った。
「そんなことはないわ。とても似合っているもの」
セシルは立派なジュストコールは卑しい身分の自分には不似合いだとそう言ったのに、イブリンは似合うか似合わないかの返事をしてくる。
――違う。そうではない。
セシルは静かに首を振った。
「セシル?」
イブリンは優しい。いったいどうしたのかと、顔を覗き込んでくる。
こんなに良くしてもらっても自分には返せる物が何もない。
目頭が熱い。涙が出そうだ。
「母上、いったいいかがいたしまし、た……」
しばらく沈黙が続いたが、そう長くは続かなかった。カールトン卿がやって来たからだ。
イブリンの部屋にやって来たかと思えば、彼はまじまじとセシルを見ている。
「母上、セシルのこのジュストコールは母上がオーダーされたのですか?」
「ええ、そうよ」
カールトン卿はどうやら少し不機嫌なようだ。低くくぐもった声でイブリンに尋ねた。
「――――」
視線が痛い。やはり自分にはこんな立派なジュストコールは似合わない。
「……っ、ぼく、脱ぎますね……」
セシルが袖から腕を引き抜こうとした時だ。
「わわっ!」
突然身体が浮いた。そうかと思えば横抱きにされているではないか。
驚いた拍子に涙が引っ込んだ。
セシルはただ、わたわたするばかりだ。
「あ、あのっ! ヴィンセント?」
「あら……」
「母上、こんな可愛い許嫁をどこの馬の骨か知れない輩に見せるなんて御免です」
「ヴィンセント!?」
果たしてカールトン卿はいったい何と言っただろうか。
突然のことで頭が真っ白になる。
「あの、えっ? イブリン……ヴィンセント?」
くすくすと笑うイブリンが遠ざかっていく……。
……とさり。
カールトン卿によって寝室に連れられたセシルはベッドに下ろされた。
そうかと思えば直ぐさま手が伸びてきて、力強い腕に包まれてしまう。
「あ、あの。ヴィンセント?」
「君はなんでまたこんな服が似合うんだ……」
「――え?」
「可憐すぎるだろう……」
ぼそり。
耳孔に甘い吐息が触れる。
「は……ふ」
セシルの身体が熱を帯びる。あっという間に蕩けてしまった。
カールトン卿に抱きしめられるといつもこうなってしまう。
セシルはそっと目を閉じる。たくましい腕の中で身を委ねる。
ジャスミンの甘い香りが鼻孔をくすぐる。
その日の夜はセシルが根を上げるまでずっと抱きしめられ続けた。
《セシルの正装?*END》
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