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さーん

あれからお互いの部屋で二度寝をし、九時頃に家を出て、ここまで一緒に来たのだが。 「入場券買ってきますね、樹さん!」 「…………うん。」 晴臣君の演技力がハンパない。 移動中に恋人らしくするためにと名前で呼び合うことを提案され、当然のように恋人繋ぎ、果てはイチャつきやすいだろうとデート場所は水族館ときた。 隙あらばこっちが赤面しそうな表情で見つめてきて、既に『百万回キュン死した俺』状態になっている。 だがまぁ言い換えればそれぐらい彼女が油断ならない相手なんだろう。 篠原さんという晴臣君にフラれ続けている彼女は宣言通りここに来ているらしいが、篠原さんが同行することを俺には伝えるなと彼女が言ったらしく、俺は誰が彼女なのか分からない。 きっと自然体の俺達を観察したいんだろう。 しかーし! そもそも俺と晴臣君は付き合っていないのだから自然体もくそも無いのである!! ………俺と晴臣君は今日一日、誰が見ても良いカップルであるように振る舞わなくてはいけないんだ。 引き受けた限りは全力で応えようと、券売機から帰ってきた晴臣君の手を自分から繋ぎにいく。 唸れ!俺の表情筋!! 「ありがとう!チケット代、後で返すな。」 「いいえ。樹さんが笑ってくれればそれだけで十分です!」 満面の笑みでそう返され思わず俯く。 イケメンこわいよーー!!! こんな調子で大丈夫なのか不安な俺は晴臣君に連れられるまま、入場ゲートをくぐった。 カラフルなライトに照らされて水槽を漂うクラゲ。 透き通る緑の水草をバックに泳ぐ色鮮やかな熱帯魚。 「~~~~~~かっわいい!!!」 「樹さん水族館好きだったんですね。」 はしゃぐ子供を見守る母親の様な目で見られたとしても、この興奮はやめられない!とまらない!! 陸に生きようと、水に生きようと、骨になろうと生き物が好きな俺は、動物園も水族館も博物館も大好き!! ブラック企業に就職してしまったがために、中々休みが取れず、折角取れても日頃の疲れで一日中眠るだけだったから、本当に久々に来た。 「あっち、あっちに行きたい!!」 しっかりと絡められている手をぐいぐいと引っ張ると、晴臣君は微笑みながらついてきてくれる。 さっきまであんなに恥ずかしかったはずが、正しく水を得た魚の様に元気百倍になった。 「ミノカサゴ!ミノカサゴだよ晴臣君!!」 この気持ちを分けてあげたくて、覚えたての知識を披露する子供のように俺はありったけの言葉で話しかけた。

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