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ごーう

目の前にはこの水族館の目玉である、一番大きい水槽。 淡い光を浴びる大小様々な水泡が下から上へと昇っていく。 透き通った青の中を規律よく動く小魚の群れが、光を反射して眩く輝いている。 そして群れを横切るようにエイやウツボ、サメなどが悠々と泳ぐ様は圧巻で、感嘆の息が漏れた。 「……………きれい。」 延々と終わらないものに追われ、休息すら満足に取れず、大量の仕事に忙殺される日々。 その溜まった穢れが浄化されていくようで、何時間でも見ていられる気持ちになる。 そんな魂が洗われていくような心地の俺に、地球滅亡規模の大爆弾が落とされた。 「あの、樹さん。」 「ん?」 隣で俺と同じく大水槽に感動していた晴臣君が、チラリとスマホを見た後いたく真剣な顔で切り出す。 「キスしていいですか。」 「………。」 なっ、なななに言ってんのこの子!!? 余りのことに絶句していると、聞こえるか聞こえないかの音量で篠原さんからの指示だと言われた。 篠原さんんんん! 確かにそうなんだけど! カップルとしては間違ってないんだけど!! 俺と晴臣君はただのお隣さんだから!!! などと喚いたが最後、晴臣君は一生篠原さんに追いかけられることになる。 不幸中の幸いというかなんというか、周りの人は水槽に夢中だし、俺達は壁際にいるからそこまで目立ちはしないだろう。 「樹さん。」 何より、こちらを向く晴臣君から今にも土下座をしそうな空気を感じる。 …………だっから、土下座の頼みは断れねーの! 今すぐにでも逃げ出したい気持ちを押し殺し、是の意味を込めて晴臣君を見上げた。 瞬きも出来ずに見つめていると、ゆっくりゆっくり近づいてくる晴臣君。 鼻がぶつかってしまわないように、ほんの少し首に角度をつけて待つ。 視界が晴臣君に占拠されると、周囲の音が聞こえなくなってそっと瞼を閉じた。 もうすぐそこまで唇が迫っているのを感じ、僅かな躊躇いの空白の後、俺達の距離はゼロになる。 ほんのニ、三秒だけ留まって、まだ緊張で身体が強張っている最中にスッと離れる。 ギリギリ焦点が合う近さで言葉なく見つめあい、夢から覚めるようにどちらともなく視線を切った。 顔が、焼ける。 「…………ありがとう、ございます。」 さも何もなかったかのように二人して魚たちへ視線を固定していると、何とも言い難い声音で感謝された。 協力してくれて、ありがとうございます。 省かれた部分を脳内で補完してもなおその言葉が恥ずかしい。 「…………………うん。」 恋人よりもよそよそしく、隣人にしては近い距離を保つ俺達の間には、未だに握られたままの手が離れがたくぶら下がっていた。

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