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喧嘩 ②

「……洋介はいつも言うてくれへん」 「……なにがやねん」 「今回のことやって。由美ちゃんのことやって。いつも他の誰かから聞いて。俺、それがめっちゃ寂しかった」 「…………」 「俺は、俺らの関係はもっと密なんやと思うてた。小さい頃から兄弟みたいに育って。ずっと一緒やったし。お互い隠し事なんてなんもないって、そう思うてた」 『兄弟みたいに』  その亜貴の言葉が、俺の胸に突き刺さる。そして、じわじわとどす黒い塊となって大きくなった。  自分は。一度も『兄弟みたいに』なんて思ってなかった。もっと、亜貴が想像つかないようなエロい目でこいつを見てきた。そんな『兄弟みたいに』なんてきれい事、肯定できるわけがなかった。 「俺らって一体なんやったん? そんなあっさりとしたもんやった……『お前はどうやねん』」  たたみかけるように話し続けていた亜貴の言葉を遮った。 「……え?」 「何にも言わへんって俺のこと責める、お前はどうやねん。お前やって言わへんかったやろ、彼女と別れたこと」 「…………」 「自分のこと棚に上げて、俺のこと責める権利あるんか」 「…………」 「大体、俺とお前はただの幼馴染みやろ。なんでいちいちお前に報告せなあかんねん」  止まらない。亜貴が傷ついた顔をしているのに。泣きそうな目で俺を見ているのに。  俺の溜まりに溜まった亜貴への感情が、屈折して、真逆になって、刃になって、亜貴へと向かう。 「……もう、うんざりやねん」 「……何が?」 「お前とおること」 「…………」  はっきりと。亜貴が傷ついたのが分かった。なのに、俺の口は勝手に喋り続ける。 「頼んでもへんのに、親みたいにお節介焼いて。そういうんが、うっとおしいねん」 「…………」 「やから。もういい加減離れたくて県外の大学選んでん」 「……ほんまに?」 「……ほんまに」 「そんなに俺がうっとおしかったん?」 「……そう言ってるやん」  亜貴の目から涙が溢れた。途端に、俺の中に罪悪感が広がる。今までたくさん喧嘩もしてきた。亜貴を泣かしたこともある。やけど。  こんな風に、故意に亜貴を傷つけたことなどなかった。  亜貴は一旦下を向いて小さく深呼吸をした。自分の気持ちを整えるみたいに。ゆっくりと顔を上げる。無理して笑う、亜貴の顔。 「分かったわ」  亜貴がくるりと背を向けた。部屋を出ていく直前に足を止める。顔だけ振り向かせて俺を見た。 「……そんなに俺が嫌やったんやったら、なんであん時……」  とそこまで言って、亜貴が言葉を止めた。言ってもしょうがない、という諦めた顔をして再び顔を前に向けた。 「受験、頑張ってな」  そう呟くように言うと、来た時とは正反対に音もなく静かに部屋を出て行った。  亜貴。  一瞬、追いかけようかと思った。さっき言ったことは全部嘘で。本当は。誰よりも傍にいて欲しいし、ずっと一緒にいたい。そう伝えようか。  やけど、そんなことできるわけない。  俺は、そこに立ちすくんだまま両手を強く握り締め、ゆっくりと玄関の扉が開いて閉じる音を為す術もなく聞いていた。

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