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序章5

 今にも抜け落ちそうな、古ぼけた踏板を上っていく。  するとそこには、生薬や古い紙の臭いが入り混じった独特の匂いがする、こじんまりとした屋根裏部屋がある。  床には祖父の読みかけであっただろう本が無造作に散らばっていて、窓枠にはほこりを被った茶色い湯呑が一つだけ置いてあった。  祖父が亡くなって、屋根裏の片づけをした時、これだけはあまりにも祖父の存在が色濃過ぎて片付けることが出来なかったのだ。  今でも祖父が一升瓶をこの湯呑に注いで、窓の外を眺めながら酒を飲んでいるような錯覚に陥る。  葵がオメガと発覚するまでは、普通に優しい祖父だった。  オメガと分かってからの祖父との関係は、言葉にしづらい複雑なものだったが、それでも、葵には祖父しかいなかった。 (じいちゃん…)  もう祖父はこの世にいない。  ずっと湧かなかった実感が、じわじわと込み上げてきて、葵は思わず湯呑を手に取った。 (あれ?)  湯呑みの下に金色の小さな鍵が置いてある。  まるで、湯呑みで隠していたかのような位置だ。 (何の鍵だろう?)  疑問に思い、辺りを見渡すが鍵を使うような物は見当たらない。  散乱した本と生薬の隙間にでも何かあるかと探してまわるが、それらしい物は見つからなかった。 「ッ!」  とりあえず床に散らばっている本を本棚に入れようとしたところで、辞書の2倍はあるような生薬学の本に思いっきりつんのめってしまった。 「いたたっ、何でこんなところに…ってあれ?」  よく見ると、分厚い生薬学の本が少しずれた場所の床板だけ色が少し濃く見える。  違っている部分は本棚の下まで続いているようだった。 「そういえば、この本棚触った事なかったかもな」  小さい頃、たまに祖父と屋根裏部屋に来るときは、大事な本がたくさんあるから決して触ってはいけないとキツく言いつけられていた。  大きくなってからも、お前にはまだ早いと言われていたし、いつも祖父が酒を飲みながら入り浸っていたので、屋根裏部屋は葵自身なるべく近寄りたくない場所だった。  本棚はかなり古い物で少し押すとミシミシ音を立てる。  かなり重い代物だったが踏ん張って押せば、動かせない物ではないようだ。  なんとなく気になって、時間をかけて床板が変わっている部分の全貌が見えるまで、なんとか動かしてみた。  見てみると、色が変わっている床板の一部が剥がせるようになっている。剥がしてみると40cm四方程の小さな空間があり、中には青いワインケースのような物が入っていた。  恐る恐る取り出すと、ワインケースのような箱の蓋には小さな鍵穴が付いていた。  半ば確信しながら、先ほどの金色の鍵を差し込むとカチリと音を立てて蓋が開く。 「これは…」

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