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序章6
中には青紫色の花が青いガラス製の花瓶に生けられていた。
花瓶の中には特に水も入っていないが、不思議と花は朝摘んできたばかりの様に生き生きしている。
しかし、それよりも何よりも、葵はその花の種類に驚いた。
少しでも生薬学を学んだ者ならすぐ分かる。
あまりにも有名な花。
青紫色のユリにも似た烏帽子のような美しい花弁が特徴だが、その見た目に騙されると、とんでもない目にあう。
「これ、トリカブトだよな…」
トリカブトは、塊根を乾燥させて、修治と呼ばれる特殊な技法で弱毒化された物が、「附子 」という生薬として、鎮痛剤や強心作用に用いられる。
しかし、そのままで食べると非常に強い毒性があり、嘔吐・呼吸困難、臓器不全などから、摂取後数十秒で死亡する即効性がある毒物だ。
毒性は根の方が強いが、花や茎、全てに毒性があるため取り扱いには非常に気をつける必要がある。
そんな物が、何故ここに…
よく見ると花瓶の下にメモ書きが置いてある。
慎重に取り出すと、祖父の右上がりの癖の強い字でこう書かれてた。
『葵へ 辛いならこれを飲んでみろ』
「え……」
これというのは、紛うことなき、このトリカブトであろう。
これを飲めという事はーー。
愕然とした。しかし、この字は間違いなく祖父の物だった。漢方の処方をメモするとき、何度も見た。
そんなにも……
「そんなにも、オメガである俺は生きていく価値がないのか、じいちゃん……」
煎じ薬を飲んでいる時も、理不尽だと思う反面、
どこかで祖父が葵の為にしてくれてる事なんだという思いがあった。
でも、結局。祖父は葵という存在が生きている事が許せなかっただけなのかもしれない。
可愛いと思っている孫に、毒を飲んで死ね、なんて思うはずがないのだから。
血の気がサーと引くと共に、絶望感が全身を駆け巡った。
まだ毒を飲んでもないのに、手の先が痺れてくる。
祖父に愛されていた、という自信がぐらついた途端、自分という存在意義もまた大きく崩れていく。
膝の上に葵を乗せながら、薬店に来たお客さんに、「自慢の孫なんだ」と言われるのが好きだった。
葵は、ただ、また祖父にそう言ってもらえる為に、生きていたんだ。という事実に今気づいた。
一生懸命まずい煎じ薬を飲んで、大学を出て、薬店を継いで……。
しかし、祖父はもういない。
その願いは二度と叶わないのは分かっているが、まさか、死んだ方がいいと思われる程だとは思わなかった。
「じいちゃん……」
痺れた指先がトリカブトにのびる。
どんなに頑張っても、祖父に愛されてはいなかったのだ。
結局葵は死んだ方がマシ、と思われる存在でしかなかった。
「じいちゃん…っ!」
葵はむせび泣きながら、トリカブトをむしり取った。
花、葉、茎、上から下までムシャムシャと噛み千切る。
味など分からなかった。
ただ、目の奥が痛い。喉からは血の味がする。
段々と視界が奪われていくのが分かる。
身体が重くなり、その場に倒れこむ。
世界の音が異常な速さで刻む、自分の心臓の鼓動がだけになる。
(次生まれ変わったら、誰かに愛されたいな。そして、堂々と自分も誰かを愛してみたいーー)
そして、葵は意識を手放した。
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