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紫の章10

 皇帝の『ペット』としての生活は、始めてみると思った以上に快適だった。  好きな時間に起き、好きな時間に寝る。  食事はシィンが毎日、紫龍草を赤ん坊を寝かせるクーファンくらいの籠いっぱいに摘んできてくれる。  たまにシィンとグアンが食べているお茶菓子のような物を見ると、色鮮やかで美味しそうに見えるが、  一度紫龍草の味を覚えてしまうと、紫龍草以外を食べる気にはとてもなれなかった。    あまりにも葵が紫龍草を食べるので、グアンが紫龍園の拡大を本格的に考えているとシィンが教えてくれた。   何があるか分からないので、言葉が分かる事はあまり周りに悟られない方がいいとグアンに言われている。  だが、シィンはペットには今日の出来事など事細かに教えるタイプの少年だったようで、言葉が分かっていない素振りを葵がしても 「お名前アオちゃんになったんですね〜、僕もアオちゃんって呼んでいいですか〜?陛下とグアン様には内緒〜。うふふ〜」 と言ってきたりするのが、何とも可愛らしい。  夜はそのまま、籠の中で食べ残しの紫龍草に囲まれて寝ている。  本当は、これくらいの量残さずペロリと食べる事が出来るが紫龍草の香りは、悔しいが少しフェイロンの香りにも似ていて安心するのだ。  フェイロン自身は政務が忙しいらしく、朝、葵がまだ寝ている時間に朝議に出かけて、夜は夜更まで帰ってこない。  何日も顔を見ていないという事もあったが、唯一ベットの中のフェイロンの残り香が、私室に帰ってきた事を物語った。  実はそんな時は、日中フェイロンのベットで居眠りをして過ごす事も多い。  今日もシィンがグアンに呼ばれて行っている間に、いそいそとフェイロンの布団に潜り込んだ。  正殿は好きに出歩いていいと言われているが、外に出るとまわりが固唾を飲んで葵の一挙一動を見守るので億劫なのだ。  フェイロンの私室は葵にとっては快適な『檻』で、なんだかこのままでも良いかもしれない……と思えてきてしまう。   人間のようなしがらみだらけの欲望にまみれた生き物より、好きに食べて寝るだけの、悠々自適な皇帝の『ペット』の方が何倍もいい。 時折よぎる千尋の心配そうな顔を無理矢理押し込め、葵はフェイロンの布団にくるまりながら、そっと瞳を閉じた。  

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