20 / 86

紫の章14

「そんな拗ねてた顔をされても……しょうがないじゃないですか。陛下は政務でお忙しいし、私室にも殆どお戻りじゃ無かったから伝えるタイミングも無かったのですよ」 「別に拗ねてなどいない」 そうは言うが、フェイロンの眉は寄って、口元は完全にへの字になっている。 「それではどうでしょう?せっかくこうして青龍様とお会いできたのだし、一緒に紫龍園でお昼寝などされては?最近の陛下ときたら、朝から晩まで休みなく働き過ぎて皆心配しております」  突然何を言い出すのかと思ったが、何やらお付きの人がグアンの合図で大きな敷物を敷いて、更に枕のようなものまでその上に置いている。 (な、何がはじまったんだ…?) 「グアン、図ったなーー」 「何の事でしょう?私は常に陛下の事を心配しているだけでございます。最近宰相様も流石に陛下は働きすぎだと心配されておりますよ。 どうか、臣下の為を思うなら、少しご自身も休憩なさって下さい。上の者が休まねば、下の者も休みづらいものですよ。それが分からぬ陛下ではございませんでしょう」 「……青龍様が紫龍草を食べ過ぎて、紫龍園が緑園になってしまうから視察に来いと、しつこく言うと思ったらーー」 「それは本当でございます!陛下には早急に紫龍園の拡大をお願いしたく……いえ、青龍様は何も気にしなくて結構なんですよ、ええ。全く問題ございません」  ホホホと、グアンは葵に愛想笑いをしてくるが、そこまでグアンに言わせるのが自分の食欲のせいだと言うのが少なからずショックを受けた。 (そ、そんなに大食らいかな、俺……)  何となく最近シィンも、部屋に引きこもって食べてばかりいるニートの兄に接するような心配の仕方をしてくるし……  せめて紫龍草を食べる量はもう少しコントロールしようと葵は心に決めた。出来る限り、だが。 「それでは、我々はあちらに控えておりますので、どうぞお二人でごゆっくり」  そう言ってお付きの者とシィンを連れて、グアンは紫龍園の入り口の方に歩いて行ってしまった。  葵からは丸見えだが、フェイロンからは恐らく見えないだろう。 「まったく……」  残されたフェイロンは用意された敷物の上にドサリと仰向けに寝そべり、チラリとこちらを見る。 「どうした?お前は来ないのか?」  慌てて葵もフェイロンの直ぐ隣に座り込む。  フェイロンといえば、また何を考えているか分からない顔で空を眺めていた。  紫色の瞳に澄んだ青空が写り込むのが、息を飲むほど美しい。  (そう言えば、こうやって2人きりになるのって初めてかもしれない……)  この美しい景色を見て、この王様は何を思うんだろう。フェイロンが何を考えているのか、何を思って生きているのか、ーー何故葵にだけ意地悪なのか、知らない事だらけだった。 「そう言えば、お前と2人になるのは初めてだな」    気付くとフェイロンがこちらをじっと見ていた。フェイロンも同じ事を思ったらしい。 「……紫龍草の香りかと思っていたが、これはお前の香りなんだな。紫龍草ばかり食べてるとこんなにいい香りがするのか?」   フェイロンがスンと葵の首すじに鼻を近づける。それだけで葵は青い鱗が赤くなったような心地がした。 (やっぱりフェイロンはアルファだ。俺のオメガのフェロモンを感じてるんだ……)

ともだちにシェアしよう!