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紫の章15

 フェイロンも葵の香りを心地よく感じている……その事実が妙に気恥ずかしい (俺は今はただの爬虫類だから、浅ましい事にはならない、大丈夫……)  急いで心を落ち着かせてフェイロンを見ると、もう葵の方は見ずに、紫龍園をぼんやり眺めていた。眠いのか瞼が少し下がっている。 「ここは……昔、よく母が連れてきてくれた……」  遠くを見る目が少し寂しそうな色をして見えるのは気のせいだろうか? (そういえば、フェイロンは父親も母親も亡くなっているってシィンが言ってたな) では、ここはフェイロンの思い出の地なんだろうか? この一面青紫の花が咲き誇る花畑で母と語らう記憶は、さぞかし美しい思い出だろう。 (よく考えると、両親もいなくて、幼なじみも皆んな敬語を使ってきて、フェイロンって凄く孤独なのかもしれない……)  もう一度フェイロンを見ると、余程疲れているのか、既に寝息を立てて眠りについていた。  印象的な紫色の瞳が閉じると、近寄りがたさが薄れ目元にはまだ少年のようなあどけなさが残っているのが母性本能をくすぐる。 他のパーツも精悍さと甘さがバランスよく整っていて、こんな人が元の世界にいたらまわりの女性から男性から放っておかないだろう。  フェイロンが寝ているのをいい事に、葵はフェイロンの顔をじっくりと観察した。 (ちょっとだけなら起きないかな…)  フェイロンのお腹に自分の頭をコテッと乗せて、思いっきり息を吸う。濃厚で澄んだ甘い匂いが、葵の胸いっぱいに広がった。 (うぅ、やっぱりいい匂い……) 調子に乗ってもう少し上の襟元まで行って、息を深く吸ってみる。 すると、頭上から「うぅ……」という呻き声が聞こえてきた。 「ア、アオ!(ごめん!)」 慌てて離れたが、まだフェイロンは苦しそうに呻いていた。よくみると額に冷や汗までかいている。 「っやめろ……来るな……ははうえっ!」  寝言を言いながら苦悶の表情を浮かべている。あまりにも苦しそうなのが心配で、葵は思わずフェイロンの頬を舐めて起こした。 「ぅっ…アオ…?」

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